ニュース日記 980 石破茂が辞めない理由

30代フリーター 朝日新聞の世論調査(8月16、17日)で、石破茂は首相を辞めるべきかとの問いに「その必要はない」が54%を占めた。もし党内の「石破おろし」が成功すれば、次の衆院選で自民党は昨秋の衆院選、今夏の参院選以上の惨敗を喫することがほぼ確実だな。

年金生活者 「石破おろし」が石破に追い風となっている。国民は、自民党が少数与党のまま、野党と交渉して政策を進めることを望んでおり、それができるのは石破くらいしかいないと考えている。彼を辞めさせるわけにはいかないという国民の危機感が調査結果にあらわれた。

30代 安倍政権のような時代には戻したくないという気持ちも石破続投支持を増やした要因のひとつではないか。

年金 インフレになっても利上げできないというアベノミクスの負の遺産が、国民に経済の先行きに不安を覚えさせている。安倍晋三は旧民主党政権時代を「悪夢」と呼び、それに同調する世論を推進力に歴代最長政権を築いた。それは当時の国民の大多数が実際に「悪夢」を見ていたという意味ではない。たしかに東日本大震災と福島の原発事故で「悪夢」を見た国民はたくさんいた。しかし、それ以外の国民は当時を振り返って、いわば事後的に「悪夢」のイメージを持ったというのが現実だ。

 安倍政権はこのイメージとアベノミクスを政権の推進力とした。本来なら景気刺激のカンフル剤として使う財政出動と金融緩和を恒常的な政策にしてしまった。デフレ脱却を目指す「異次元の金融緩和」という言葉でそれを正当化した。その結果、膨大な政府債務が積み上がった。新型コロナとロシアのウクライナ侵略でインフレに転換し、物価の上昇が始まっても、それを抑えるための利上げができなくなった。すれば国債の利回りが上昇して、国家財政は危機を迎えるからだ。

 安倍が民主党政権を事後的に「悪夢」化したように、国民はいま安部時代を事後的に「悪夢」視し始めている。

30代 もはや自民党そのものを「悪夢」のように感じる国民も多いのではないか。

年金 自民党の国政選挙2連敗は、戦後この党が担ってきた役割を終えたことを物語っている。その役割とはアメリカの覇権のもとでの「平和と繁栄」の維持だ。そのための基本路線が、自民党保守本流の採った「軽武装」「経済優先」だった。

 「軽武装」は理念的には憲法9条に、現実的には日米同盟に支えられた。この同盟はアメリカには日本を防衛する義務があるが、日本はアメリカを防衛する義務がない点で、アメリカの持ち出しが多い片務的な条約になっている。

 「経済優先」は、アメリカが自国市場の開放とドルの基軸通貨化によって築いた自由貿易体制に支えられ、高度経済成長を推進する役割を果たした。これもアメリカの持ち出しなしにはあり得なかった。

 だが、今のアメリカはそうした持ち出しが可能かつ必要な覇権国家、言い換えれば「世界帝国」の座からずり落ちつつある。トランプがいま進めている高関税や同盟国への軍事費負担の増額要求などは「世界帝国」を「地域帝国」に縮小させるためのリストラにほかならない。

 自民党はアメリカの覇権があってこそ自民党たり得た。派遣国家=「世界帝国」としてのアメリカは自民党の存立の世界史的な基盤をなしていた。その時代が終わりつつある現在、自民党が戦後政治の主役を降りるのは必然と言える。

 「石破おろし」に走る旧安倍派を中心とした議員らにはおそらくその自覚がない。以前のように党の表紙を替える疑似政権交代をすれば、まだ選挙に勝てると錯覚している。「石破おろし」は世論に押されて挫折するか、成功して次の衆院選で大惨敗するか、どちらかだろう。

30代 「異次元」の高関税政策をとっているトランプノミクスもいつか米国民や世界の国民に「悪夢」と回想されるときが来るかしれない。

年金 アベノミクスとトランプノミクスに共通しているのはどちらも「度が過ぎる」ことだ。

 アベノミクスは日銀自らが「異次元」と形容するほどの異例の大幅な金融緩和を進めた。トランプノミクスは世界中からブーイングを浴びる高関税を打ち出した。「度が過ぎる」政策は、そのぶん目に見える効果を上げやすい。アベノミクスは円安を誘導し、輸出企業を潤わせ、雇用の拡大と株価の上昇をもたらした。トランプノミクスは関税を交渉材料にして日本やEUから米国内への投資の約束を取り付けるなど、国民にアピールしやすい結果を出した。

 だが、「度が過ぎる」ことが長く続けば、そのリスクは常態化し、構造化する。アベノミクスは膨大な政府債務を積み上げた結果、物価抑制に必要な利上げができず、国債バブルの崩壊さえ懸念されている。トランプノミクスも高関税がインフレを導き、米国、世界ともGDPが押し下げられるという予測が金融当局やシンクタンクから出されている。

 そうなれば、次の大統領選では「トランプノミクスはもうこりごり」という気分が優勢になる可能性がある。「アベノミクスはもうこりごり」という国民の潜在的な気分が石破政権の誕生につながったように。