ニュース日記 976 若者はなぜ「タイパ」を気にするのか
30代フリーター 若い世代は「タイパ」を気にする。「タイパ」は「コストパフォーマンス」(費用対効果)から派生した「タイムパフォーマンス」(時間対効果)の略で、それを向上させ、最短時間で最大の効果を上げようとする。長編の記事や動画よりも、要点をまとめたコンテンツを好む。レビューやランキングを参考に購入対象の選択を素早く行う。オンラインショッピングやフードデリバリーサービスを利用し、移動時間、待ち時間を削る。即日配送を利用する。会議や長時間の会話を避け、チャットやメールで済ませる。
年金生活者 GAFAMなど巨大IT企業が日々新たに提供する膨大な情報やサービスを絶えず取捨選択することを迫られるせわしない生活がそうさせている。仕事で忙しいわけではない。労働時間はむしろ減少傾向にある。政府の労働力調査によると、2024年の若年層(20~24歳)の労働時間は2000年に比べると1週間当たり9時間ほど短くなっている。忙しさの大部分は仕事ではなく、消費行動によって占められている。
30代 だとすれば、若い世代は、働く時間が減ったにもかかわらず、収入が増え、消費に忙しくなったという奇妙なことになる。
年金 当然ながらそんなことはあり得ない。政府の調査では、若年世帯の平均消費性向(可処分所得に占める消費支出の割合)は2015年以降、徐々に低下する傾向にある。そして、食費や家賃、通信費など必需的消費の比率が上がり、交際費など選択的消費が減少している。
それなのに、選択に困るほどのさまざまな消費を若い世代がしているのはなぜか。GAFAMなどのプラットフォームが数えきれないほどのサービスを無料で提供しているからだ。ただし、「無料」というのはカネのやり取りがないというだけで、ユーザーはプラットフォームを利用するごとに自らの個人情報を提供している。GAFAMはその膨大なデータをもとに、それぞれの好みに合いそうな広告をひとりひとり狙い撃ちするように流すことができる。それを武器に自社の製品やサービスを売り込むとともに、他企業の広告にもそのシステムを提供し、巨額の利益を得ている。
GAFAMは国家に匹敵するほどの規模の再分配システムを貨幣以外の交換手段を使って築いた。それが若い世代に忙しい日々を強いている。
30代 何年か前まで、大きなニュースになる凶悪犯罪といえば、「死刑になりたかった」「だれでもよかった」といった若者の無差別殺傷事件が代表的なものだった。それが近年は、一見「効率」を重視したように見える強盗や特殊詐欺といった犯罪にかわってきた。「タイパ」を気にする若者の傾向が犯罪にも反映している。
年金 今世紀初めごろの若者の凶悪犯罪といえば、秋葉原通り魔事件(2008年)に代表される無差別殺傷事件など「自暴自棄型」の犯罪が目立った。これに対し、近年は「ルフィ広域強盗事件」に代表される強盗事件や、各種の特殊詐欺など「効率重視型」の犯罪に加わる若者が相次ぐようになった。
「自暴自棄型」の犯罪の背景として、高速化する産業の循環の速度に個人の日常の速度が追いつかず、それが人びとをいら立たせるようになったことを吉本隆明があげている(『吉本隆明の声と言葉。』)。この指摘は2008年のことで、そのあと、高速化は産業の循環だけにとどまらず、消費の循環にも及ぶようになった。
それを促したのがスマホの普及であり、それを基盤にしたGAFAMなど巨大IT企業による大規模な再分配システムの構築だ。
これは産業の循環の速度に消費の循環の速度、したがって日常生活の速度が追いついてきたことを意味する。その結果、速度の違いがもたらすいらいらは緩和され、犯罪も「自暴自棄型」が影をひそめるようになった。代わって「タイパ」一辺倒のような「効率重視型」の犯罪が目立つようになった。
だが、若者らの「タイパ」重視はプラットフォームという再分配システムの内部でしか通用しない。「タイパ」重視が極端化した強盗や特殊詐欺の効率性は限られた効率性でしかない。したがって、国家という別の再分配システムはそれを「犯罪」と認定し、刑務所での「超非効率」な生活を当人に強いる。
30代 GAFAMの再分配システムの相当部分がカネを介さないで利用されているとすれば、消費活動も相当部分が家計の外で行われているということになる。
年金 生活の中で家計というもののウエートが下がっているということだ。家計は家族の経済的な基盤をなす。別の言い方をすれば、家族は経済的な必要によって成り立っている一面がある。おそらく近代以前はそれよりも宗教的な必要によって成り立っていた。資本主義が信仰の対象を伝統的な神から貨幣にかえることによってそれを突き崩した。
家族が家計に支えられたシステムだとすれば、生活に占める家計のウエートが低下するにつれ、家族を持とうとする動機は、収入の多寡にかかわらず、薄れるのは必然と言える。生涯未婚率の上昇を加速する要因のひとつをそこに見ることができる。