ニュース日記 974 イランはどうなるか

30代フリーター イランがアメリカとイスラエルの力に屈して停戦に応じた。

年金生活者 アメリカの攻撃が始まる前、アラブ研究調査センター(エジプト)主任研究員のハニ・スレイマンは、イランは「普通の国」になるという予測を朝日新聞で語っている。

《イランは核開発プログラムだけでなく、イスラム革命の柱である「革命の輸出」も失う可能性が高い。イランから支援を受けてきた中東各地の武装組織も軍事的、経済的な力を失っていく。イランは「普通の国」となり、地域での役割や周辺諸国との関係も変わるだろう。》(6月22日朝刊)

30代 イランが「普通の国」になるとはどういうことだろう。

年金 かつてペルシャ帝国と呼ばれた歴史を持つイランは、今もその伝統を残し、中東の「地域帝国」として振る舞っている。「帝国」の特徴のひとつは服属国を従えていることだ。イランの場合、反イスラエル・反米のネットワーク「抵抗の枢軸」を構成するガザの「ハマス」、レバノンの「ヒズボラ」、イエメンの「フーシ派」などの武装組織がそれに相当する。スレイマンは、それらの組織が弱体化することでイランが「普通の国」になると言う。すなわち「帝国」ではなくなっていくということだ。

 「帝国」であるイランが「国民国家」であるイスラエルに攻撃され、核施設やインフラを破壊されるのを止められなかったさまは、19世紀の「帝国」だった中国(清)が、西欧の「国民国家」の武力に屈して半植民地化されたさまと重なる。

 「国民国家」は戦争に強いのが特徴だ。その要因のひとつは、世界に先駆けて資本主義化に成功し、その経済力で軍隊を近代化したことだ。もうひとつは、国家は国民のものであり、したがってそれを守るのは国民自身だというイデオロギーが浸透していることだ。これに対し、封建制からの脱却に後れをとった当時の「帝国」は軍備の近代化が追いつかず、国民自身が国家を守るというイデオロギーもなかった。

 イランの置かれた現状はそれに似ている。だから、資本主義の発展を促すために、西側諸国による経済制裁の解除をなんとしても実現したい。軍備の近代化も早急に進めたい。そのいちばん手っ取り早い方法は核武装することだ。イランはすぐには核武装まで行かなくても、少なくともいつでもそれができるだけの技術を持とうとしていた。

30代 イランは核施設を壊されて核武装をあきらめるだろうか。

年金 「帝国」の特徴をもうひとつあげると、域内だけでなく域外でも権力を行使しようとすることだ。核兵器はその強力な手段となる。現在の「帝国」を見ると、いずれも核を保有している。アメリカ、ロシア、中国の各「帝国」は核大国であり、欧州の「帝国」であるEUの域内にも核が配備されている。

 中東の「地域帝国」としてイランが望んだ核の保有、ないしそれに準ずる段階に至る道は、今回のイスラエルとアメリカによる攻撃によって、当面は断たれたということができる。それは「抵抗の枢軸」の弱体化と相俟って、イランが「帝国」であり続けることを困難にするだろう。

30代 アメリカは当初、イスラエルのイラン攻撃を「米国は関与していない」と人ごとのように言っていたのに、イスラエルの優勢が決定的になると、軍事介入を選択した。

年金 政治をディールと考えるトランプとしては、状況に応じて方針を変えるのは当然だろう。

 これに対し、イスラエルの姿勢は一貫している。イランを軍事的にも経済的にも弱体化させ、核武装をさせないためには、アメリカがなんと言おうと、手段を選ばない。

 その背景としてホロコーストを考えないわけにはいかない。主犯はナチスドイツだったが、欧州の諸国はそれを止められなかった。国民に同質性を求め、異質性を排除しようとする「国民国家」の特性が極端化した時代が背景にあった。

 迫害されたのは自分たちが「国民国家」を持たなかったからだと考え、それを持とうとイスラエルを建国したのがシオニストと呼ばれるユダヤ人だ。国家は国民のものであり、したがってそれを守るのは国民自身だという「国民国家」の理念は、自国の防衛はできるだけ他国に頼らないという理念でもある。

 イスラエルはそれが徹底している。「国民国家」というのは他の国や民族を迫害しかねないという疑念を決して捨てない。欧州の諸国がいくら友好的な姿勢を示しても、イスラエルは警戒を解いてはいないはずだ。イスラエルが名実ともに軍事同盟と呼べるものを結んでいるのはアメリカだけであるのも、それが背景にあると推察される。

 アメリカは20世紀後半まで、「国民国家」ではなく覇権国家=「世界帝国」だった。「帝国」の特性のひとつは「国民国家」の「同質性」とは対照的に「多様性」にある。それがアメリカをイスラエルにとって例外にしている要因のひとつだ。

 だが、現在のアメリカは覇権国家=「世界帝国」の座からずり落ちつつあり、トランプはそのためのリストラを急いでいる。そういう過渡期の不安定さが、トランプ政権の頻繁な方針変更となってあらわれている。