ニュース日記 972 過疎と過密

30代フリーター かつて開発による自然破壊が懸念された日本の農山村は今、過疎化の進行で、逆に自然が地域を侵蝕する脅威が懸念されている。耕作放棄地や、管理されない森林が拡大し、雑草や竹林が繁茂するようになった。そのぶん生息域が人間の生活圏に近づいたクマやイノシシが住宅地や市街地に出没するようになった。

年金生活者 自然に手を加えてモノをつくる第2次産業中心の産業資本主義の段階が過去のものとなり、現在はモノをつくらない第3次産業中心のポスト産業資本主義の段階にあることを示す変化のひとつだ。

 柄谷行人は『帝国の構造』で「中国やインドの経済発展そのものが、世界資本主義の終りをもたらす可能性がある」と述べた。その根拠のひとつとしてあげているのは、中国やインドの産業発展は大規模なので、資源の払底、自然環境の破壊に帰結し、「自然」が無尽蔵にあるという資本主義の前提が崩れるという予測だ。

 しかし、日本の現在を見れば、その予測が間違っていることがわかる。柄谷の予測に反して、「自然」が無尽蔵にあるという資本主義の前提が崩れるどころか、「自然」は増殖し、人間の土地を侵略する脅威となっている。中国も規模は異なっても、同様の経緯をたどることは間違いないだろう。無尽蔵の「自然」を前提にするのは、自然に手を加え続けることを必要とする産業資本主義であって、ポスト産業資本主義はそれを必要としない。

30代 戦後の高度経済成長による日本の産業発展は、たしかに地方の自然を破壊したが、破壊し尽くすところまでは行かなかった。そして残された自然が人間に逆襲し始めている。

年金 それを招いた過疎地の拡大は、産業資本主義が利潤の主要な源泉とする労働力の供給を地方が担い続けてきた結果だ。資本は労働力を大都市に吸い上げるだけでなく、地方を開発し、そこに労働力を集めた。それが地方の自然破壊の懸念を呼び起こす一方で、人口流出にブレーキをかけていた。

 しかし、産業資本主義の衰退とともに、自然破壊の懸念が縮小した代わりに、労働力を吸収する産業も縮小した。主流となった第3次産業の職場は大都市に集中し、人口流出の歯止めが失われた。

30代 過疎化の進む地方と対照的に大都市では過密化が進む。

年金 そこでは、自然の脅威の代わりにメンタルの脅威が広がっている。

吉本隆明は子の親殺しなど異常な事件が起きるのは「みんないらいらしているからだ」と語ったことがある(『吉本隆明の声と言葉。』)。その背景として指摘したのは産業の循環の速度と個人の速度の違いだ。

 速度を増す一方の産業の循環に個人の速度が追いつけない。それがいらだちを引き起こす。高速化する産業の循環を「時間の過密化」ととらえるなら、「空間の過密化」もまたいらだちを引き起こす。その最たるものが大都市への人口の集中だ。

 過密化は何よりも身体の自由を制約する。その集中的なあらわれが満員電車であり、駅や繁華街の雑踏、交通渋滞だ。

 過密化は自然の排除をともなって進行する。自然の排除は身体性の排除につながる。身体は自然の一部であり、身体の核にあるのは自然性だ。それは外部の自然と交わることによって維持される。しかし、自然の排除が進む大都市ではそれが難しくなる。

 身体は対人間的にも対自然的にもその存在を脅かされ、自由を削り取られていく。そのストレスに常時さらされている大都市の住民はいつメンタルに変調をきたしても不思議ではないリスクを抱える。

 他人の気持ちを忖度し、配慮しようとする傾向が若い世代に目立つのは、過密のはらむ危険を回避しようとする動機が働いているためと推察される。

30代 過密の危険は日本だけのことではないだろう。

年金 グローバル化の進行が世界の産業循環を高速化し、「時間の過密化」を促進するとともに、移民・難民を増大させ、先進国での「空間の過密化」を加速している。

 トランプやその支持者たちをいらだたせているのもこのふたつの「過密化」だ。「時間の過密化」をもたらしたグローバル化の担い手は、トランプがディープステートの構成員として敵視する金融界などのエリート層だ。金融はグローバル化にともなう産業循環の高速化が最も進んだ分野だ。

 トランプ政権の反エリート主義はそうした高速化に対するいらだちが大きな要因となっていると推察される。彼が大統領選に落選したとき、支持者らが連邦議事堂になだれ込んだのは、そのいらだちにともなう政治的な心の不調と考えることができる。

 「空間の過密化」の背景には、少子高齢化で労働力不足を抱え、その埋め合わせを移民・難民に頼らざるを得ない先進国の人口構造がある。外国出身の労働者の受け入れは、人口の集中をエスカレートさせるほどの規模ではない場合でも、生活習慣や文化の違いが移民・難民の「存在感」をその人口以上に増大させる。それが摩擦を生み、元からの住民をいらだたせる。トランプの移民制限政策はそれに応答するものとして支持を得た。その政権は先進国の抱える心の不調を象徴しているとも言える。