ニュース日記 970 トランプの「革命」
30代フリーター トランプ政権は高関税政策を国内外から批判されながら、それでも4割強の支持率を保っている。
年金生活者 トランプによるアメリカの方向転換は、長期的にはいずれそうなる未来を先取りし、短期的にそれを実現しようとするものだ。企業が未来の技術を他の企業に先んじて実現するイノベーションに似ている。未来と現在の時間差を空間的な差に置き換えることによって企業に利潤がもたらされるように、トランプ政権には相応の支持率がもたらされる。
30代 長期的にはいずれそうなる未来とは?
年金 すでに進行しつつある覇権国家=「世界帝国」としての地位の喪失だ。圧倒的な軍事力で維持する世界の安全保障システム、基軸通貨ドルの力で支える自由貿易体制は、覇権国家=「世界帝国」としてのアメリカの足場をなしてきた。
だが、アメリカの軍事力はテロとの戦いによる消耗や中国の軍事力の膨張によって相対的に低下した。中国の経済大国化はアメリカの製造業の衰退に拍車をかけ、自由貿易体制を中国に有利なシステムに変えるとともに、ドルの地位を脅かし始めている。
このまま行けば、いずれ覇権国家=「世界帝国」としてのアメリカは完全没落する。すでに始まっているその衰退は、これまでアメリカの「足場」であった世界の安全保障システムや自由貿易体制を「足枷」に変えつつある。
トランプはその変化を鋭敏に感じ取り、その進行を急加速しようとしている。そうすれば、未来を先取りし、現在との時間差による政治的な利潤を手にすることができる。具体的に言うなら、「足枷」からすぐにでも解放され、アメリカの黄金時代が始まる、と訴えて国民の広い支持を得ることができる。
30代 トランプは法をつくったり、変えたりすることによってではなく、法に背くことによってその政策を遂行しようとしている。
年金 法をつくったり、変えたりするには、法に定められた手順を踏まなければならない。トランプはそれが嫌で、政策の立案・遂行を自らが得意とするディール(取引)にしたがっている。ディールなら、そのたびごとに法をつくったり変えたりする必要はない。不動産業出身の彼はそれに慣れ親しんできた。
その振る舞い方は、エリートたちのつくった既存の法のせいで不遇な目に遭っていると考えている層の心に「法をぶっ壊せ」というアジテーションとして響いたに違いない。トランプが大統領選に落選したとき、支持者らが議事堂になだれ込んだ事件はそれが噴出した結果だ。
30代 トランプ関税は経済の問題にとどまらず、自由貿易体制を維持するために世界貿易機関(WTO)の設置などを定めた国際法に違反する法的な問題だ。
年金 トランプはアメリカの貿易赤字を他国による搾取の結果と錯覚し、取られたぶんを取り返す戦いの武器に高関税を選んだ。自由貿易体制は第2次大戦後、アメリカが主導してつくったものなのに、トランプのアメリカはそれに背き、それを損壊する自己矛盾に陥っている。
アメリカにとって国際法は同時に国内法でもある。それはこの国が「帝国」だからだ。柄谷行人は「帝国の法は、根本的に、国際法なのです」と言う(『帝国の構造』)。「帝国は多数の国家の間に生じる。しかし、それはたんなる国家の拡大ではありません。帝国は、多数の共同体=国家からなると同時に、それらを超える原理をもたなければならないのです」(同)。その「原理」のひとつが法にほかならない。「この法は、小さな部族や国家を超えた領域で通用する法、いわば、万民法です。帝国の関心事は、諸部族・国家を支配することだけでなく、それらの『間』、いいかえれば、諸部族・国家間の交通・通商の安全を確保することです」(同)
アメリカの場合、「諸部族・国家」に相当するのが、イギリス人によって東海岸に築かれた13の植民地などだ。現在の諸州の前身であり、イギリスからの独立後に制定された合衆国憲法は「部族や国家を超えた領域で通用する法」に相当する。アメリカの憲法は当初から国際法としてつくられた。
第2次大戦後、アメリカが覇権国家になり、「地域帝国」から「世界帝国」に飛躍すると、あらゆる国際法がアメリカの国内法にもなった。トランプはその国際法=国内法の支配に刃向かい、それを壊そうとしている。それらの法は覇権国家=「世界帝国」だったアメリカにとって、世界を統治する道具だったが、その座からずり落ちつつある現在、自らを縛る鎖になりつつある。トランプはそれを断ち切りたい。
しかし、アメリカが世界の覇権を失っても、国際法は残るし、国際法が同時に国内法でもある合衆国の構造も残る。それを壊そうとすれば代償を支払わされる。トランプ関税は国内外から反発を受け、切り下げざるを得なかった。
30代 トランプは自分のしていることを「常識の革命」と言う。革命は必ず反革命を惹起する。民主党への政権交代など揺り戻しは必至だ。
年金 ただし、長期的には覇権国家=「世界帝国」の解体という「革命」の目指す方向にアメリカが進むことに変わりはない。