ニュース日記 964 ポスト資本主義の未来は描けるか

 30代フリーター 東西冷戦の時代には「資本主義」は西側陣営から「自由主義」と呼ばれていた。「自由主義陣営」といった言い方で。冷戦期の終わりごろからは「新自由主義」と呼ばれる経済政策が勢いづき、資本主義は「自由」と切っても切れない関係にあるという通念が世界を覆った。

トランプ関税はその通念を打ち砕いた。国家が国境の壁を高くするだけで、たちまち資本主義の「自由」は縮小することをトランプは示した。資本主義は常に自由とともにあるという考えが錯覚だったことがあらわになった。

年金生活者 それはすでに中国が「社会主義市場経済」と称して表現の自由などの抑圧下で資本主義の導入に成功したことで確かめられていた。それがいま世界規模で明瞭になったと言える。

 もともと資本主義は、自由よりも、自由を制限する国家に守られて発展した。資本主義の最初期の段階の商業資本主義は、国家の軍事力に支えられた植民地貿易、遠隔地貿易を利潤の源泉とした。次の段階の産業資本主義は機械制大工業に必要な交通・通信などの大規模なインフラ整備を国家に頼った。

 ポスト産業資本主義の段階に入って、インターネットが普及したおかげでようやくインフラ整備を国家にあまり依存しないGAFAMのような大企業が登場した。しかし、それらの企業もこれからの成長に不可欠のAIの開発では国家の手を借りざるを得ない。

30代 マルクス主義は資本主義以上に国家による経済の統制を推し進め、ソ連のような収容所国家をつくりあげた。

年金 マルクス主義とは反対に、統制からの解放こそが社会主義と考えたのが吉本隆明だ。

 吉本は社会主義を次の三つの条件によって定義した。

①一般の住民大衆の無記名直接投票でいつでも政府をリコールできること②国軍を持たないこと③住民大衆への抑圧にならないことを条件に、個人の不利益になるものに限って生産手段を社会化すること(講演「社会党あるいは社会党的なるもののゆくえ」、1993年)。

 国家は資本主義のシステムには手をつけず(①②)、むしろ手を引いていく(③)というところに、この定義の特徴がある。国家が経済を統制するマルクス主義の社会主義像とはおよそ正反対のものだ。その前提にあるのは、国家による自由の制限こそが格差を生むという、反マルクス主義的な考えと推定される。

30代 国家の再分配機能が貧富の差を縮める役割をしているという常識に慣れ親しんだ私たちにはなかなか飲み込みにくい発想だ。国家が経済への介入から手を引けば、ますます格差が広がるではないかと反射的に考えてしまう。

年金 逆の理解も成り立つ。たとえば、資本家が手にする利潤を考えてみると、それが可能なのは私的所有が野放しにされているせいのように見えるかもしれない。だが、労働者が自らの労働によって生み出した剰余価値を自分のものにできないよう、労働者の私的所有権が、等価交換の原則にもとづく国家の法によって制限されていると理解することもできる。つまり格差は私的所有の不徹底さの上に成り立っている、と。吉本は次のように語っている。

 「私有財産、私的所有は『ないほうが、いい』みたいにいうのは、大なり小なり、すべて宗教なんです。ロシア・マルクス主義も宗教ですし、スターリン主義や毛沢東主義も宗教です。『無所有一体』を唱えるヤマギシ会もそうです」「所有概念、所有の思想性を確立することは、今後の課題の一つです」(『超「20世紀論」下』)

 社会主義とは資本主義を国家のくびきから解放することだ。吉本はそう言っていると理解することができる。

30代 しかし、そんなことをすれば、規制緩和を推し進めた新自由主義が金融危機に行き着いたことからもわかるように、企業活動も国民生活もたちまち危うくなる。その救済と引き換えに国家による制約が強まるだろう。

年金 したがって、制約を取り払っても破綻しないくらいまで資本主義が発展を遂げるのを待つほかない。だが、待つだけでは、国家は資本主義にかけたくびきを外すことはない。法をその本質とする国家は社会にくびきをかけることを存在理由としているからだ。資本主義が発展すればするほどそれに制約を加えたがるだろう。すでに世界の各国は「経済安全保障」の名のもとに企業の活動を法で規制し始めている。グローバル化とともにサプライチェーン(供給網)が世界中に広がり、そのぶんだけ紛争や災害で寸断されるリスクも増大した。それを回避することが経済安全保障の目的とされている。

 個人や企業の自由を奪うそうした国家の習性に歯止めをかける方法のひとつが、吉本が社会主義の三つの条件のひとつとしてあげた国家を開くこと、具体的には一般の住民大衆の無記名直接投票でいつでも政府をリコールできるようにすることだ。

 そうしておけば、資本主義が今後さらに発展し、国家による規制を緩めても破綻することなく自立して前進できるようになったとき、国家が旧来の規制を固守しようとしたり、新たな規制を加えようとしたりすることを阻むことができる。