ニュース日記 954 パクス・トランピアーナ
30代フリーター 「米国第一」を掲げ、関税の引き上げや不法移民の追放、領土の拡張など「帝国主義的」なファイティングポーズを取るトランプが大統領に返り咲いた。
年金生活者 帝国主義戦争の引き金を引きかねないように見えるトランプが実際に引くのは無血の戦争の引き金であり、その最大の武器が関税の引き上げにほかならない。それを主要な敵である中国に対して大量投入しようとしている。
「米国第一」は他国の面倒はもう見ないということだ。覇権国家の座からずり落ちたのだから、その余裕はない。ウクライナに武器援助するのも減らしていく。紆余曲折はあっても、戦争は終わりに向かうほかない。イスラエルとハマスに対しては、このまま戦闘を続ければ「地獄が訪れる」と脅して停戦に持ち込んだ。
トランプは1期目の退任演説で「私は新たな戦争を始めなかった、ここ数十年で初の大統領となったことを特別に誇らしく思う」と述べている。パクス・トランピアーナ、トランプによる平和が到来するかもしれない。
30代 それにしては世界は彼の再登板に身構えている。
年金 パクス・トランピアーナが訪れたとしても、それで世界の緊張がなくなるわけではない。流血の戦争が縮小する代わりに無血の戦争が拡大する。経済が武器化されて企業や家計の緊張が高まり、武器が経済化されて新たな軍事上の緊張が生まれる。
世界の戦争の本流は第2次世界大戦を最後に、破壊力を競う流血の戦争から、抑止力を競う無血の戦争に移った。その最初の世界戦争が東西冷戦だった。核の圧倒的な破壊力が流血の戦争を限られた地域に押し込め、米ソはそれぞれの軍備の体系の性能を、実際に使用することなく競い合った。
現在の無血の戦争は、そうした軍事的な力だけでなく、経済的な力がものを言うようになった。トランプはそれを背景に関税を最大の武器として駆使しようとしている。実施されればアメリカを含む各国は関税のかけ合いでそれぞれが打撃を免れないだろう。
それに加えて彼は武器の経済化も進めている。大前研一によれば、トランプは戦争をせずに軍需産業を潤わす新しい方法を編み出した。
《米国の軍事力に頼ってきたNATOにケチをつけ、「NATO離脱」をちらつかせて軍事負担の均衡を求めた結果、加盟国の防衛費支出拡大という「果実」を得た。当然、兵器は世界一の武器輸出国である米国からも大量に買い込むことになるわけである。
一方で、北朝鮮を挑発して緊張感を高めれば、日本はイージス・アショアとF35戦闘機100機、韓国なら高高度防衛ミサイル「THAAD」などの高額兵器を購入してくれるし、中東を引っかき回せば、お得意様であるサウジアラビアやエジプト、UAEなどが大量に武器を買ってくれる。》(「大前研一メソッド」、2019年8月19日)
売りつけた大量の武器はいつ発火するかわからないリスクをはらむ。無血の代償として新たな緊張とダメージをともなうのがパクス・トランピアーナだ。
30代 韓国では、大統領による非常戒厳の宣布後、かつてないほど左右の分断が深まっている。トランプはそれにどう臨むだろう。
年金 韓国の分断は南北の分断の反映であり、欧州で35年前に終わった東西冷戦が朝鮮半島では今なお続いていることを今回の事態はあらためて示した。
この左右の分断は、民主化して自由にものが言えるようになって公然化し、深まった。独裁政権の時代には今ほどあらわにならず、政権の第一の敵は北朝鮮だった。それが今は北に対して融和的な左派と警戒的な保守派が互いを最大の対立相手とするようになった。
この左右の対立は、親米的な自民党と親ソ的な社会党が対立した日本の55年体制と相似形をなす。韓国が日本と違うのは左右が拮抗し、政権交代が繰り返されてきたことだ。日本の民主主義がアメリカから与えられたのに対し、韓国は自らの手で民主制を打ち立てたことによる違いだろう。
日本の55年体制、すなわち東西冷戦の日本版は、ソ連の崩壊とともに社会党が崩壊して終わった。これに対し、北朝鮮は崩壊しないまま核を持つまでになり、朝鮮半島および韓国内の冷戦は終わらないままだ。
その韓国に対し、トランプは1期目のときと同様に親北朝鮮的な姿勢で臨もうとしている。実利を優先する彼は理念を嫌う。東西冷戦は理念の戦いだった。1期目のトランプは朝鮮半島に残るその戦争を早く終わらせ、理念抜きのディールのできる東アジアにしたくて金正恩と3回も首脳会談をした。
30代 米中対立は新しい冷戦と呼ばれることがある。年金 トランプはそれを東西冷戦の延長とは思っていないはずだ。中国は冷戦のさなかにソ連と戦火を交え、東側陣営から離脱した。そればかりか「改革開放」の名のもとに資本主義化の道を歩んだ。それはマルクス主義に逆らうことであり、言い換えれば理念を放棄することを意味する。したがって、トランプにとって、中国は理念上の対立相手ではない。けれど、実利では決定的に対立する。彼は中国との無血の戦争をクールに推し進めるだろう。