ニュース日記 951 シリアは民主化するか
30代フリーター シリアで半世紀以上におよんだアサド父子2代による独裁政権が崩壊した。
年金生活者 グローバルな覇権だけでなく、ローカルな覇権も不在になりつつある世界の現在を示している。
首都ダマスカスがまたたく間に反体制派の武装勢力に制圧されたのは、ロシアとイランが政権を支えきれなくなったことによるとされている。ロシアはウクライナとの戦争に、イランはイスラエルとの衝突に手を取られ、シリアに注ぐ余力を失った。
それはこの地域におけるロシアとイランの覇権が大きく後退したことを意味し、アフガニスタン戦争とイラク戦争のあと、世界におけるアメリカの覇権が後退したことと軌を一にしている。
アメリカが世界の覇権を握っていた時代は、その手下に相当する国家が地域の覇権を握り、その下に被覇権国家がぶら下がっていた。しかし、そうした秩序は崩れ、世界は米中対立とそのあおりを食った諸国によるせめぎ合いの場と化した。
30代 アメリカをはじめとした西側諸国がいくら経済制裁と武器援助でウクライナをあと押ししても、中国や北朝鮮を味方につけたロシアを押し返せないでいる現状を見て、西側諸国の衰退と中ロやグローバルサウスの台頭を世界史の趨勢とする見方がある。
年金 それは世界史の流れのすべてではない。ロシアはアサド政権の崩壊で中東でのプレゼンスを大幅に失っただけではない。トランプの仲介でウクライナでの停戦が実現し、占領地域をわがものにすることができたとしても、新たに本格的な戦争を始めることはできない国になるだろう。アメリカがウクライナに兵を出せない国になったように。
それにくらべると中国は傷が浅い。経済は停滞したままだが、流血の戦争を長いあいだ避け、「改革開放」を進めてきた結果、無血の戦争を遂行する抑止力を飛躍的に向上させた。
アメリカやロシアの侵略戦争を目の当たりにして、流血の戦争がどれだけ国力を削いでしまうかを知った中国は、世界第2位となった経済力と、それによって獲得した抑止力を使う無血の戦争を今後も進めるだろう。
30代 政権崩壊後のシリアの首都ダマスカスに入った毎日新聞の記者がレバノンとの国境付近の模様を伝えていた(12月12日)。
「国境の監視施設は空っぽのまま放置されていた。かつて厳しく目を光らせていたはずの兵士はいない。入国審査や税関があった場所では、銃を持った反体制派の戦闘員らが行き交う人をながめている。このうち1人が車の中をのぞき込んできて、笑顔で言った。『ウエルカム・トゥ・シリア(シリアへようこそ)』」
記事には、避難先のレバノンから車でシリアに戻る一家がピースサインをしながら、無人となった旧政権の検問所を通過して行く写真が付けられている。国境の壁が消えたこの光景は、国家が根幹の機能のひとつを停止し、半身を失ったような状態に陥っていることを語っているように見える。
年金 吉本隆明が敗戦直後に経験した権力の空白を回想して、人間は国家などなくても生きていける、とどこかで語っていたのを思い出す。吉本が戦後民主主義に対して批判的だったのはそのときの体験があるからだろう。せっかく?解体しかけた国家の再建に邁進したのが戦後民主主義だったからだ。
他方で、このときの権力の空白は、日本人が国家というものを相対化する契機となったはずだ。それが非戦の憲法とシンクロナイズし、西洋生まれの政治装置である憲法を東洋の果ての島に定着させることになったと考えることができる。
30代 それと対照的に中東では国家が命綱のように考えられている。イスラエルはシオニストが国家がなければ自分たちは生き延びられないと考えてつくった国だ。それによって土地を奪われ、家族を奪われたパレスチナ人は国を持たないことの恐ろしさ経験し、自分たちの国家をつくることが悲願となった。今のシリアにとっては国家の再建が悲願だろう。だが、「待ち受けるのは主導権をめぐる民族・宗派のぶつかり合いだ」という指摘がある(12月9日日本経済新聞)。
年金 けれど、それはアサド政権の苛烈な独裁よりもシリアの人びとに希望を与えるだろう。「主導権をめぐる民族・宗派のぶつかり合い」は独裁よりも民主主義に近いと言える。
アサド政権の打倒を主導し、暫定政権の中心となったのは反体制武装組織「シャーム解放機構」(HTS)で、アメリカや国連からテロ組織に指定されている。しかし、現在は穏健化を図る姿勢を見せ、米国がテロ組織指定の解除を検討しているとも伝えられている(12月12日朝日新聞朝刊)。
また暫定政権の報道官は「シリアにおける宗教的、文化的な多様性を尊重する」と語ったと報じられ、「民主的な国家建設の方針を強調することで、広く国際社会の支援を得る狙いがあるとみられる」と説明されている(12月14日朝日新聞朝刊)。
強権支配をすれば、それに反対する勢力が必ず出てきて、再び内戦になり、大国の介入を誘う可能性がある。HTSはこれまでの長い経験から、それを避けようとしているように見える。