がらがら橋日記 汚物のはなし
どうにも違和感が拭えない、と電話口で話すその人をAさんとしておく。ホテル経営をしている知人がこんな話を聞かせた。
ある女性宿泊客が誤って指輪をトイレに流してしまった。それを聞いたホテルは、従業員たちで汚水槽に入り、手探りで八時間かけてようやくのこと見つけ出したのだ、と。
Aさんの話には、その序章に当たるものは特になかったので、ぼくは聞きながら、ホテルが客のためにそこまでするというサービス精神がテーマなのだろうかと思っていたら、Aさんが続けて言ったのは、冒頭の言葉だった。
指輪が女性にとってどれほど値打ちのあるものか、またホテルがどう考えてそのような行動に及んだのかはわからない。でも、いかな理由があったにせよ、従業員に長時間汚水槽を探させたというのが納得がいかない。それは、巷間言われるところのカスハラと地続き、あるいは助長させることではないか。
聞きながら、浮かんできたもう一つの話。その話者をBさんとしておく。禅僧であるBさんが関西で修行中、阪神淡路大震災が起きた。寺を挙げて避難所のボランティアにあたっている中で、被災者にとって最も困難な問題の一つがトイレであることを知る。処理しきれない汚物が被災者の心をどれだけ押し潰していたか、私も近似する経験があるので想像がつく。Bさんは、同行の僧侶たちとその始末を買って出た。
「はじめこそ勇気が要りましたが、やり出すとできるものです」
Bさんはそう言って笑ったが、それなりの装備はしたにしても、山なす汚物をひたすら手作業で取り除くには、相当な胆力を要したことだろう。
ホテルの従業員も僧侶も一人一人の心の中に下りてみねば本当のところはわからないだろうし、それが一つとも思えない。指輪を落とした女性や被災者の思いもまた単色で表せるものではないだろう。ただ、少なくともBさんはその行為を被災者に言われてではなく、自分の考えで始めた。感謝の言葉をもらい、宗門の評価も高めただろうが、それは結果に過ぎない。
汚水槽の清掃が身分で定められているある国のルポを読んだことがある。衛生管理も不十分なまま強いられ、多くは健康を害していく。最下層の役割と固定され、歴史や文化で包囲されると、そこから脱するのは極めて困難だ。
汚物が映し出す人の諸相は、だれもが厭うものだからこそ装飾が剥ぎ取られて、素っ気ないまでに剥き出しになるものらしい。