ニュース日記 946 トランプ圧勝が物語るもの
30代フリーター トランプの圧勝をどう考える?
年金生活者 吉本隆明を師とし、「吉本原理主義者」を自称する者として米大統領選を総括するなら、「大衆の原像」を自らに繰り込む作業をより多くした候補者が勝利したと言える。
「大衆の原像」とは吉本が自らの思想のよりどころとした概念だ。ふだんは天下国家のこととか芸術や学問のこととか、日常生活から遠いことに関心を寄せず、自分や家族など近しい人の生活のことだけを考えて暮らす人間の像を指す。吉本はこの「大衆の原像」を自らに繰りこむことを思想の課題と考えた。それは思想ばかりでなく、政治にも当てはまるというのが私の理解だ。
30代 たとえば?
年金 2009年の衆院選は「大衆の原像」を繰り込んだ度合いの差が勝敗を分け、自民党から民主党に政権が移った。その差は選挙スローガンからうかがえる。
自民党のスローガンは「日本を守る、責任力。」だった。当時はリーマンショックで国民生活が脅かされそうな状況だったのに、「日本を守る」はその答えになっていなかった。
これに対し、民主党は「政権交代。国民の生活が第一。」を掲げた。「日本を守る」などと天下国家のことは論じるが、肝心の国民生活に目を凝らさない自民党は政権の座から降りてもらおうというメッセージが明瞭だった。
30代 米大統領選も同様だと?
年金 トランプのスローガンは1期目のときから唱えていた「米国第一」だ。他国に奪われた富をアメリカに奪い返すというメッセージであり、インフレになった現在、それに苦しむ国民の心には4年前より響いたに違いない。
ハリスが掲げたのは「フリーダム(自由)」だった。「トランプ氏が在任中、中絶の規制強化を進めたことを踏まえ、女性の権利と自由を守る立場を明確にするためだ」(11月6日読売新聞オンライン)とされている。国民の多くは今のこの苦しい生活をどうしてくれるんだと思ったことだろう。
妊娠中絶を必要とするような事態に遭遇する女性は、そうでない女性にくらべるとはるかに少ないはずだ。その意味でマイノリティーと言っていい。マイノリティーが尊重され、多様性が重視されるようになったのは、社会がマイノリティーを切り捨てなくても済むほど豊かになったからだ。インフレによってそれがあと戻りしかねない状況になった現在、物価高に苦しむ国民にしてみれば、今はマイノリティーに配慮する余裕がなくなったというのが本音だろう。
30代 ハリスの敗北は必然だった?
年金 トランプの返り咲きは、他国のことをかまっていられなくなって覇権国家の座から降りざるを得なくなった現在のアメリカを象徴している。
ウォーラーステインが最初の覇権国家と位置づけたオランダが「オランダ海上帝国」と呼ばれ、次の覇権国家のイギリスが「大英帝国」と呼ばれたように、覇権国家はいずれも「帝国」の性格を帯びている。アメリカも例外ではない。
帝国の特徴は領域内では諸地域に権力が分散し、対外的には従属国や植民地を有しているところにある。オランダ海上帝国は各州が、大英帝国は自治権を持つ地方が権力を分有し、他方で世界各地に植民地を持っていた。権力が分散しているぶん中央の権力は絶対的ではなく、その座りの悪さを補うつっかえ棒が従属国や植民地の忠誠だった。
アメリカ「帝国」も同様であり、各州が強い独立性を持つとともに、世界各地に同盟国という名の従属国を有し、軍事基地を置いてきた。中国の経済大国化、軍事大国化はそれを脅かし、一時は一極支配とまで言われた超大国の覇権を後退させた。
従属国の忠誠度は低下し、その諸国に支えられていた国内の中央権力、アメリカの場合は連邦政府の権力が弱まった。つっかえ棒は逆に重荷になり、国内の統合が緩んで、格差の拡大をはじめとしたさまざまな分断が進んだ。
30代 トランプはNATOからの離脱をほのめかすなど、民主党政権にくらべると同盟国に対して冷たい。国内に向けては不法移民の脅威を強調して排外主義的な構えを見せている。
年金 その振る舞い方はグローバルな「帝国」の地位を捨て、ローカルな「主権国家」=「国民国家」へと国家の規模を縮小させるもくろみと理解することができる。「国民国家」は等質な国民の存在を前提としており、「分断」とか「格差」をなくすことを理念としている。それは同時に異質なものを排除する傾向を生む。
「帝国」であることをやめて他の「国民国家」並みになることを目指すトランプに対し、ハリスに代表される民主党は今まで通り「帝国」の地位を維持することにこだわった。
域内に諸勢力を抱える「帝国」は「多様性」を理念とする。大統領選でハリスと民主党が「多様性」を強調したのは「帝国」であり続けると宣言したことを意味する。同時にハリスらは同盟国との関係の重視を訴えた。それは「帝国」につき従う従属国を手離さないという宣言にほかならない。
だが、中国の経済大国化、軍事大国化にともなうアメリカの覇権の後退は、「帝国」の維持をいずれ不可能にすることは目に見えている。