ニュース日記 942 死刑を廃止することは国家を開くことだ
30代フリーター 台湾の憲法裁判所にあたる司法院の憲法法廷が先月、死刑制度を合憲とする一方で、実質的に死刑判決を出しにくくする判決を出した。
年金生活者 背景には、吉本隆明のいう「国家を開く」ことを目指す台湾の先進性がある。吉本は「国民の無記名直接投票によって、過半数以上の賛成があれば、いつでも政府をリコールできる――そういう条文を憲法、もしくは、その他の国法に盛り込めば、『国家を国民に対して開く』第一歩になります」と語っている(『私の「戦争論」』)。これを一般化して言えば、国民の意志を第一にすることが「国家を国民に対して開く」ことだということになる。これを拡張して、国民の「意志」だけでなく「存在」を第一にすることにすれば、国民の生命を奪う死刑は廃止されなければならないという結論に行き着く。
30代 台湾はどのようにして国家を開いているんだ。
年金 蔡英文政権でデジタル担当大臣としてコロナ対策などにあたったオードリー・タン(唐鳳)は、閣僚就任の要請を受けたとき3つの条件を出したことを自著(『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』)で打ち明けている。①行政院(日本の内閣に相当)に限らず、他の場所でも仕事をすることを認める②出席するすべての会議・イベント・メディア・納税者とのやりとりは、録音や録画をして公開する③誰かに命じることも命じられることもなく、フラットな立場からアドバイスを行う。政権はすぐにそれら全部を受け入れたという。
行政の常識をくつがえすようなこの3条件の提示は国家が閉じられることを阻もうとする意志の表明と受け取ることができる。
30代 世界では死刑制度がない国と、あっても死刑を執行しない国が合わせて7割に達している。
年金 ミシェル・フーコーが「生権力」と名づけた近代の権力の原理に死刑制度が反していることが背景にある。
近代以前の権力が、逆らう者を殺すことによって人びとを支配したのに対し、近代の権力は逆に人びとを生かし、それを管理することによって支配する、とフーコーは考え、それを「生権力」と呼んだ。
それはふた通りのあらわれ方をする。ひとつは人びとの身体を規律どおりに動くようにする調教で、軍隊や工場、学校などで行われている。もう一方でこの権力は統計などをもとに、住民全体の健康や人口を管理するというやり方で発現する。どちらも死を排除しようとする点で共通している。
殺す権力から生かす権力への転換は、資本主義の発達が富の稀少性を大幅に縮減し、人びとを養える余裕が拡大したことによる。殺して労働力を失うよりも、生かして労働力を増やすほうが、資本主義にとっては都合がいい。労働力は過剰なほうが買い叩けるからだ。欧州などでの死刑廃止が世論の要求からではなく、政府主導で行われた背景にそれがある。
30代 死刑を廃止した英独仏の当時の世論を見ると、いずれも廃止反対が多い。法務省の資料によると次の通りだ。
1969年に死刑を廃止したイギリスでは、廃止前の1965年の世論調査で70%が死刑を支持していた。ドイツでは1949年に死刑が廃止されたが、前年の世論調査では、現状の死刑存続に賛成37%、凶悪犯罪に限り死刑存続に賛成37%、死刑反対21%だった。1981年に死刑を廃止したフランスも、その年の世論調査では死刑存続支持62%に対し、死刑廃止支持は33%だった。
年金 それでも、英独仏3国とも死刑は復活していない。存続派も強くそれを求めず、事実上あきらめていると推定される。死刑制度の有無は、景気の悪化や戦争などと違って、大多数の人びとの生活に直結しないからだ。
凶悪犯の逮捕のニュースを見て、あんなやつ死刑だ!と思う人は多い。それはとっさに被害者を自分や家族や友人に置き換えて考えるからだ。しかし、実際に被害に遭ったわけではないし、将来も遭う確率は低い。死刑制度がないと困る、と政府や議会に訴える行動を起こすところまではいかないし、選挙の投票のさいにはたいていそれは忘れている。
30代 日本では、内閣府の世論調査(2019年)だと、「死刑もやむを得ない」が80・8%にものぼっている。
年金 宗教と法が西欧のように分離し切っていないため、神だけが持つはずの人命を奪う権限を国家も持つと無意識のうちに考えられていることが背景にあると推定される。それは「現人神」が「象徴」と名をかえて憲法の中に位置づけられていることにあらわれている。神意が法を左右し、それによって、国家による殺人が神の名によって正当化される。それが無意識のうちに繰り返されている。
世界で死刑制度を残している国は全体の約3割だが、その中には宗教と法が分離していないイスラム圏の国が目立つ。エジプト、イラン、イラク、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、アフガニスタン、インドネシア、パキスタンなどだ。アメリカに死刑制度が残っているのも、「宗教国家」を理想としたピューリタンによって建国されたことが背景にあると考えることができる。