ニュース日記 938 日本の改憲、台湾の改憲
30代フリーター 自民党総裁選の候補者らは例外なく「憲法改正」を掲げる。「次の総理に最も重点的に取り組んで欲しい政策」をひとつだけ尋ねた8月のJNNの世論調査では「憲法改正」は1・9%しかないのに。
年金生活者 憲法改正は総裁選の公約の中でもとりわけ党内向けの性格を帯びている。と同時に、それはアメリカ向けの公約でもある。
アメリカは自国だけでは負いきれなくなった世界の安全保障の負担を同盟国に肩代わりさせたがっており、日本にそれをさせるには9条の壁を取り払わなければならないと考えている。総理大臣になるにはアメリカの後ろ盾が必要と思っている総裁選の候補者たちがそろって改憲を強調するのはワシントンへの忠誠の宣言でもある。
30代 左派、リベラル派は、憲法への自衛隊明記や緊急事態条項の新設を目指す自民党の狙いを「日本を戦争のできる国にすること」にあるとして批判している。
年金 中国の軍拡などで安全保障環境が厳しくなったので、抑止力を高めなければならず、そのためには憲法改正が必須だというのが自民党の主張だ。抑止力とは「戦争ができる力」のことなので、その点では左派、リベラル派の言う通りだろう。
だが、「戦争ができる国にする」ことと「戦争をする国にする」ことは同じではない。日本を「戦争をする国」にし、国民に流血を強いる覚悟が、「裏金」であたふたする自民党にあるとは思えない。
30代 アメリカが日本に憲法を変えさせたがっているのは、いざとなったら日本を「戦争をする国」にするためだろう。
年金 憲法9条に自衛隊の存在を明記すれば、いま限られた場合にしか認められていない集団的自衛権の行使の範囲を大幅に広げる道が開かれる。自衛隊の海外派兵に対する制約が大きく緩和される。世界の覇権をめぐって中国と経済戦争の形をとった無血の戦争を続けるアメリカにとって、それは強力な抑止力を手にすることを意味する。
30代 中国が台湾の武力統一に踏み切った場合、「アメリカ軍の戦力の使用を排除しない」とバイデンは表明している。もしその通り作戦を実行すれば、日本の自衛隊の出動を求めなければならないと判断する局面が出てくるかもしれない。
年金 ウクライナ戦争ではっきりしたように、アメリカが最優先にしていることのひとつは核戦争の回避だ。そのため、ロシアとじかに軍事的な衝突するのを避け、ウクライナへの支援は武器の援助と経済制裁にとどめている。それによってウクライナの犠牲が広がり、国家が破綻しても、アメリカにとっては、ロシアを弱らせるという利得が見込まれる。
このことは台湾の場合にも言えるだろう。中国が侵攻しても、アメリカは経済制裁と武器援助しかせず、「アメリカ軍の戦力の使用」は実行しない可能性が高い。台湾をウクライナ化し、自らは血を流さずに、中国を少しでも弱らせることに有事を利用しようとするだろう。
30代 その見方を拡張すると、アメリカは台湾の独立派をそそのかすなどの工作をして、政権を独立志向に傾斜させ、その気のなかった中国を武力侵攻に踏み切らざるを得ない状態に追い込む戦略を選択肢のひとつとして描いている可能性がある。
年金 仮にそうだとしても、今の台湾はその方向を向いていない。他の主権国家並みに「独立」を宣言し、ナショナリズムを謳歌すれば、中国から兵を差し向けられ、踏みつぶされかねない。だからといって、中国に飲み込まれて自由と民主主義を失うわけにはいかない。そこで選んだのが、大っぴらに「独立」を言う代わりに、自国を国家として認めてくれない国々とも友好関係を結んで自らを支える力とし、中国に対して「自立」する道だ。
30代 世界に例のない外交のやり方だ。
年金 蔡英文政権でデジタル担当大臣としてコロナ対策などにあたったオードリー・タン(唐鳳)は「現在の台湾の政治が先進的だといえる理由が二つあります」と自著で語っている(『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』)。ひとつはインターネットの普及で人びとが民主主義を「一つのテクノロジー」と考えるようになり、「テクノロジーはアップグレードされなければならない」という考えが根づいたことだ。台湾の憲法が状況の変化に応じて何度も改正されたことがそれを証明している、とタンは言う。私の関心に引き寄せた言い方をするなら、民衆の意志が「憲法制定権力」として繰り返し表出されたということになる。
もうひとつの先進性は「憲法に『政治への直接参加の精神』が謳われていること」だ。「台湾の憲法はスイスを参考にしているため、決して純粋な共和代議制ではありません。そのため、いわゆるリコール権などが含まれている三民主義(民族主義・民権主義・民生主義)も、憲法が起草された当時、すでにかなり進んでいました」
民主主義の絶えざる「アップグレード」も、「政治への直接参加」もひと言で言うなら、国民に対して「国家を開く」ことにほかならない。それを国家目標のひとつにしている点で、台湾は世界の先進諸国よりも一歩前を進んでいる。