ニュース日記 933 流血の戦争と無血の戦争
30代フリーター 三上治がこんなことを書いている。
「ウクライナ戦争が世界の動きの見通しを困難にしている。世界の動きと今後の見通しが困難になっていることは今に始まったことではないにしても、それを加速させたのがウクライナ戦争であることは確かである。ここにはマルクス主義の世界史観が影響力を失い、指南力のある史観が不在であり、空白であることも作用している」(「『教養としての文明論』(呉座勇一・與那覇潤)」)
年金生活者 なぜ今どきロシアはあんな古典的な侵略戦争を始めたのか、それを止められなかったこの世界はいったいどうなっているのか、そしてこの先どうなっていくのか。この疑問に対する明快な答えはまだだれからも、どこからも聞こえてこない。三上が「ウクライナ戦争が世界の動きの見通しを困難にしている」と言っているのはそういうことだと思う。
彼は、世界が見えにくくなっているのは「マルクス主義の世界史観が影響力を失い、指南力のある史観が不在であり、空白であることも作用している」と言う。それは、唯物論的だった世界の構造が唯心論的なそれに変わったことを意味する。資本主義の牽引車が、モノをつくる第2次産業から、情報や感情、すなわち心をつくる第3次産業にかわり、ハードな社会からソフトな社会に変わったことが背景にある。
30代 それなら、侵略戦争という超ハードな事態が起きたのは矛盾ではないか。
年金 ソフトになったからこそ、言い換えれば、つかみどころがなくなったからこそ、「何でもあり」の状態を招きやすくなったと言える。東西冷戦時のような、まだハードの論理が支配的だった時代は、ハードな所業が何を引き起こすかが比較的よく見えていたので、それが抑制されていた。
ソフトの論理が支配的な世界では、そうした計算が難しくなった。ロシアは作戦を開始してしばらく時間が経過してからようやく計算の誤りに気づいた。というより計算などできないことを思い知った。唯物論的な世界を、打ち上げたロケットの行方が計算できる物理法則の支配する世界にたとえれば、唯心論的な世界は、飛ばした風船がどこへ行くのかわからない状態にたとえることができる。
30代 プーチンはどんな計算をしていたんだ。
年金 ロシアのウクライナ侵略の特徴は、これほど不当性のはっきりした戦争はめずらしいのに、その動機が不可解なことにある。
ロシアは「ザ・侵略」と言っていいほどの、絵に描いたような、教科書的な侵略戦争を始めた。世界中から非難されることはわかりきっているのに実行したのは、それが最も有効な戦争の仕方だと判断したからだと考えるほかない。
だれが見ても侵略と判断するような戦争をする国はほとんどないはずだ、と思われているのが現在の世界だ。そのことを前提に、各国政府は国家を運営し、諸国民は日々の生活を続けている。それは侵略らしい侵略を警戒していないこと、したがってそれに抵抗する覚悟も備えもできていないこと、要するにそのような侵略に対して諸国家も諸国民も脆弱だということだ。そうロシアは判断したのだろう。その点、自分たちは警戒も覚悟も備えも強さも欠いていないから、攻めれば圧勝するだろう、と。
30代 恐ろしい判断だ。
年金 世界の戦争の本流は第2次世界大戦を最後に、破壊力をぶつけ合う流血の戦争から、抑止力を競い合う無血の戦争に移った。東西冷戦はその最初の世界戦争として戦われた。
この戦争のあり方の変化もハードからソフトへの変化ととらえるなら、それはさっき言った産業資本主義からポスト産業資本主義への転換と対応している。それは世界の原理が流血から無血に変わったことを意味する。
ロシアはその流れに「逆張り」をした。それで一気に大儲けするはずだった。だが、その目算は外れた。世界の戦争の本流となった「無血の戦争」の一面しか見ていなかったからだ。すなわち流血を厭う面だけを見て、それを臆病とか弱腰とあなどった。
無血の戦争には別の面があることをロシアは理解できなかったか無視した。別の面とは流血の戦争を許さないという理念であり、そのために膨大な軍備が蓄積されているという現実を指す。侵攻開始1週間後の国連総会では193カ国中141カ国が賛成してロシア非難決議を採択した。アメリカを先頭にした西側諸国はこれまでため込んだ武器をウクライナに提供し、無血の戦争のもうひとつの武器である経済制裁を続けている。
30代 ロシアにとってはまさかの事態だろう。
年金 おそらくロシアの戦争観は流血の戦争が世界の戦争の本流だった時代の残滓を引きずったままだと思われる。NATOは流血を回避する抑止力の集合体なのに、ウクライナがそれに加盟すると、自国が侵略されるかもしれない、と恐れたところにそれがあらわれている。だから、見通しを誤った。そして西側諸国も見通しを誤った。無血の戦争の時代にまさかここまで露骨な侵略戦争を始める国があるとは思わず、ましてその侵略戦争が無血の戦争の時代ゆえに起きることなど夢想もしなかった。