ニュース日記 932 復古へ向かう世界
30代フリーター バイデンが大統領選から撤退し、副大統領のハリスがトランプと戦う見通しになった。
年金生活者 いま最も可能性が高いのはトランプの返り咲きだ。それは、「分断」を深めてきたアメリカ社会が「統合」へ向かう転換点になるだろう。対外的には帝国主義的な構えを強め、最大の敵である中国との覇権争いをエスカレートさせるだろう。
30代 トランプのもとで「統合」などあり得るのか。
年金 銃撃で負傷した5日後、共和党全国大会で大統領候補への指名を受諾する演説をしたトランプは国民の「団結」を訴えたと報じられている。さらに、過去の党大会では必ず強調された人工妊娠中絶への反対や銃所持の権利の擁護など、無党派層などからの反発につながりやすい主張に彼は言及しなかったとも伝えられ、「統合」をはかろうとしている姿勢がうかがえる。
30代 選挙向け、さらに政権運営上の都合で言っているだけなんじゃないのか。
年金 彼の演説は口先だけにとどまらず、1世紀半ほど前の南北戦争の終結後、アメリカが現在よりも深かった分断を乗り越えて、帝国主義国家に飛躍した歴史を反復しようとする意思の表出に見える。
30代 そんな古い時代に戻ってどうする。
年金 国家が危機に陥ったとき、その回復のためにとる方法のひとつが、ルーツに帰ること、復古を目指すことだ。いま世界では復古へ向かう動きが目立ち始めている。アメリカは国がまっぷたつに割れた南北戦争の時代への、中国やロシアは皇帝が崇められた帝国の時代への、ヨーロッパは主権国家を近代世界の主役に押し上げた宗教戦争の時代への、そして私たちの国は大日本帝国の時代への回帰願望を強めているように見える。
30代 なぜそこに戻りたがっているんだ。
年金 それらの時代はいずれも、それぞれの地域が世界に向けて発展し始めた時代、あるいはその前段階の時代にほかならない。現在が衰退の危機にさらされている時代だからであり、復古の願望は、かつての発展の活力を再現しようとする願望でもある。
奴隷制の廃止を主張する北部が、その制度の維持を求める南部に勝利した南北戦争は、奴隷労働から賃労働への転換、言い換えれば労働力の商品化を加速し、アメリカを世界一の資本主義国に発展させる契機となった。
それによって握った覇権はいま、中国の膨張によって後退を余儀なくされている。それをはね返すため、現在のアメリカは南北戦争によって手にした発展のエネルギーをふたたび得ようと、あの時代を形を変えて反復したがっている。
トランプが受諾演説をした共和党の全国大会では、中国車の輸入の制限や中国に対する最恵国待遇の撤回など対中強硬策を盛り込んだ政策綱領が採択されたと報じられている。この保護貿易主義への傾斜は、南北戦争で保護貿易を主張した北部が勝利し、アメリカが帝国主義化した歴史を想起させる。柄谷行人が「帝国主義的」な段階と規定した現在の世界は、「帝国主義」のアメリカと「帝国」の中国のせめぎ合いが常態化するだろう
30代 迷惑な話だ。
年金 トランプがアメリカを再び偉大な国にする道と考える中国との戦いは、新しい「帝国主義戦争」ととらえることができる。1世紀前にレーニンが定義した帝国主義戦争との最大の違いは、あの当時のような流血の戦争ではなく、無血の戦争として戦われるだろうということだ。
ただし、局地戦としてなら、流血の戦争となる可能性はある。その最大のものが台湾有事だ。しかし、仮にそれが起きたとしても、全面戦争にエスカレートする可能性は薄い。核の脅威と通常兵器の使用による経済的な損失のリスクが歯止めになるからだ。このことは、米中の無血の戦争が経済を最大の武器として戦われることを意味する。
核でいくら脅し合ったところで、それで勝敗が決することはない。脅しではなく実際に使えば、どちらも勝者になれない。通常兵器の使用だけにとどめたとしても、それによって受ける経済的なダメージは、最終目標である覇権を握る力を減退させる。
東西冷戦の勝敗を決したのは経済の力の差だった。統制経済は、ある程度まで計算可能な工業化には適していたが、自由な市場にまかせるほかない第3次産業の成長には適していなかった。そのため、ソ連経済はアメリカに大幅な遅れをとり、自壊するほかなかった。
30代 ロシアのウクライナ侵略戦争は、世界が古典的な流血の戦争の時代に逆戻りしたことを告げているのではないか。
年金 ロシアが流血の戦争を仕掛けたのは、西側を相手に無血の戦争を続けられるほどの経済力を欠いていたからだ。武器とするに足るほどの経済力が不足している。
中国はそうではない。硬直したソ連経済を尻目に資本主義化に成功し、アメリカに脅威を与えるほどの経済的な武器を手にした。台湾に対してもそれをアメとムチにして圧力をかけることができる。武力に頼ってしまうと、仮に統一に成功したとしても、そこに蓄積されていた富は大きく損傷され、修復に膨大なコストを要する。その損得勘定が台湾有事の歯止めのひとつになっている。