がらがら橋日記 高座名①
落語家の芸名を高座名という。うちの塾なら本名で高座に上がっても差し支えないが、やはり高座名を名乗るというだけでスイッチが入る。だから、落語教室に入ると決まったら、真っ先に考えるのは高座名である。プロの落語家だと、名付けは師匠の専権事項で「お前はこれ」と上意下達で与えられることが多いらしい。うちの教室はもちろんプロでもないし、それを目指すのでもないから、高座名は本人や家族に考えてもらうことにしている。そう言ってもゼロから作るのは難しいので、好きなものを言わせてその中から選ぶことが多い。愛着のあるものを名前にすれば楽しいだろうと思うのと、名付けの理由をマクラで語ればその子らしさを端的に表現できるからである。
高尾小学校である子に好きなもので名前を考えておいでと言った翌日、
「お肉にします」
と言ってきた。お父さんお母さんと話し合ったか、と聞いたら黙ってうなずいた。好きには違いないだろうが、名前としてどうなのか。真っ先にうかんでくるのは、焼き肉やすき焼き、ステーキなどではなく、スーパーの精肉コーナーだ。生々しすぎる。
「うーん、やめとこうか。次に好きなものはなに?」
心苦しかったが「おにく」は断念してもらい、二番目を聞いたところ「おすし」と答えた。肉がだめなら魚ということか。少なくとも鮮魚コーナーが浮かんでは来なかったから、それでいこうとなってそれ以降彼は、「おすし」を名乗った。すしの中でもウニが一番好きだが家族と行っても安いネタしか食べないからあんまり食べたことがない、とマクラで語っていた。松江で落語会に呼ばれてうまく高座を務めたら、回転寿司に寄ってウニを食べる、という目標をかかげたが、意外に早くそれは実現した。その後、それがどれだけうまかったかマクラで語るようになった。
おすしと同時期「はーぶ」を名乗った子がいた。これは落語を始めた頃にハーブ栽培をしていたからで、他に考えられないという熱の入れようだった。ぼくはまったく関心がなく、彼の説明も上の空で聞いていたが、好きならば努力せずとも知識がつくのだと感心した。しかし、一年経つと急速に熱が冷め、それ以降、
「人間は、飽きます。だから今の名前は、荒れ野、または草だらけです」
と自嘲気味のマクラで人の真理を突きつつ、客席を沸かせていた。
高座名といえど、単なる記号であることに抗う力を孕み、本人の意思を越えていくから、決してなおざりにはできない。(この稿続く)