がらがら橋日記 堀川遊覧船 2

 

 このウッドデッキから、直接堀川遊覧船の乗客に落語を聞かせられるのではないか、とひらめいた。江戸時代の風情を今に伝える掘割、編み笠をかぶった船頭、和船に見えなくもない遊覧船、これだけ落語にふさわしい道具立てもめったになかろう。

 後輩の船頭に話を聞いてみると、ほかにも好条件がいくつも重なっていることがわかった。第一に米子川を古刹普門院に北上する外堀ルートは、めぼしい史跡のない閑処にあたり、落語に乗客の注意を向けさせることが可能であること。第二に、時間調整にも使うので、船によってはスピードを緩めたり、停めたりもできること。後輩は、そのアイデアはいけるかもしれない、お客さんも喜ぶと思う、と言った。こうなるとやってみたくてたまらず、後輩が定時運行の船頭となり、かつ教室生F子が帰宅している頃合いを選び、決行日時を決めた。5月某日の午後4時30分から40分の間、件の遊覧船は赤と青のプレートを舳先に掲げて通過する。

 午後4時に教室生宅に行くと、F子はすでに白に赤や黄色の花を散らした浴衣で待っていた。ウッドデッキの最も川面に近いところに座布団を敷き、その左にめくり台を置いて、F子の名ビラを川に向けた。

 その昔、武家と町人の住まいを画した外堀は、内堀よりもぐっと川幅が狭く、F子のところから見ると手の届きそうな先に対岸の家が並ぶ。左にヤマザクラの古木、右にも大木が川に向かって傾いでおり、視界はそこでさえぎらえるから、ちょうど船は上手揚げ幕から登場し下手の幕へと引けるかっこうになる。

 問題は、船が入って出るまでの時間に一席に仕上げることができるか、という点だが、こればかりはやってみないと分からない。

 エンジン音が近づいたら、出囃子をかける。揚げ幕から舳先が見えたら止める。それを合図に「小咄をします」と言って、80字あまりを語る。お辞儀をして終わる。当たり前だが、船と関係なしにやるぶんには、F子は難なくこなす。

 計画を知る船頭は、後輩だけ。しかし、それを待ってただ一回に賭けてもうまくいくとはとうてい思えない。ええい、ままよ、と通る船通る船、やっちゃえということになった。F子がすごいのは、まったく躊躇しないことだ。タイミングは早かったり、遅かったり、乗客の表情も怪訝から無表情、笑顔まで、実に振れ幅が大きい。一回一回修正を繰り返し、後輩船頭がスピードを加減すれば、どうにか一席が成立しそうな見通しが立った。決行時刻がせまり、赤と青のプレートが現れるのをじっと待つ。  (この稿続く)

堀川遊覧船