ニュース日記 923 外交・安保は野党にはまかせられないか
30代フリーター 裏金事件で追い詰められた自民党が次の衆院選で出してくる切り札は、外交と安全保障は野党にはまかせられないという、昔ながらのキャンペーンだろう。旧民主党政権がつまずいたのも外交・安保だった。
年金生活者 防衛費の大幅増額や敵基地攻撃能力の保有といった急な政策転換に不安を覚える国民は自民党にまかせるのも危ないと感じ始めている。
30代 東西冷戦のもとで日本社会党は東寄りの立場をとり続けた。日本が独裁のソ連や中国の影響下に入ることを恐れる国民が、そんな野党に外交・安保をまかせられないと考えて自民党に投票し続けたのは確かだ。
年金 その一方で、国民はアメリカの言いなりになるのも警戒していた。戦争だけはもうごめんだと考える国民はアメリカのする戦争に動員されることを恐れた。その歯止めとして、社会党に国会で3分の1の議席を与え、憲法9条の改正発議をできないようにした。
自民党はそれをよく承知していて、同盟国のアメリカに対して軍事基地の提供やその費用負担など精一杯のサービスをしながら、アメリカの望む自衛隊の国軍化と、それに必要な改憲は拒み続けてきた。対米従属一辺倒ではないこの構えは吉田茂とその流れをくむ保守本流の基本スタンスであり、国民はそれを支持した。東側に傾斜し過ぎる野党にはできないことだと考えた。だから、選挙になると、外交・安保は自民党でないとだめというキャンペーンが効いた。
30代 安倍政権はそんな保守本流の基本路線をひっくり返したと批判された。集団的自衛権の行使を一部容認する安保法制の制定に続いて、憲法9条の改正による自衛隊の事実上の国軍化を目指した。
年金 岸田文雄はそれに輪をかけるような政策転換をやった。保守本流中の本流の宏池会の出身なのに、安倍晋三が任期中にできなかった防衛費の大幅増額や敵基地攻撃能力の保有に踏み込んだ。対米従属を軸にしながら、対米自立の一面も捨て去らなかった戦後の外交・安保の基本路線を、対米従属一辺倒に転換させた。
しかし、中国の経済・軍事大国化やグローバルサウスの台頭、それにともなうアメリカの覇権の後退で、対米従属一辺倒は東西冷戦時以上にリスクをともなうものになりつつある。
30代 だからといって、すぐに野党にまかせていいと国民は判断するだろうか。
年金 現在の自民党は、中国の台頭やロシアの脅威に対抗しようとして、自衛隊と米軍の一体化を進めるなどますます対米追随を深めている。中国やロシアはそれを警戒し、緊張はいっそう増す。国民はそうした自民党の古い思考に危うさを感じ始めている。
だとしたら、野党が政権を握って外交・安保を担ったとしても、自民党より悪くなる可能性は少ない、と国民が判断することがあっても不思議ではない。もしかしたら、対米追随一辺倒ではない新しい思考の外交・安保へ向かうきっかけになるかもしれない、と考える国民も出てくるかもしれない。
30代 裏金と安保。自民党にとってはかつてない内憂外患だろう。
年金 内と外ということで言えば、富の再分配と国防という国家の2大機能のあり方にほころびが生じ始めている。日本では前者のそれが自民党の裏金事件として、後者のそれが野放図な防衛費の増大となってあらわれている。
いずれも根は同じであり、資本主義の変容がもたらしたものだ。国家の再分配機能のほころびは、GAFAMを始めとする巨大IT企業がネット上に「プラットフォーム」と呼ばれる通信、情報検索、決済などのインフラを築き、国家並みの規模の再分配機能を担い始めたことによる。国防のほころびは、中国の経済大国化とそれを基盤とした軍事大国化によって、アメリカの覇権が後退したことによる。
30代 世界を覆っているのは希望より危機だ。
年金 柄谷行人は、資本主義は「自由主義的」な段階と「帝国主義的」な段階を交互に繰り返し、現在は後者の段階にあると考える(『帝国の構造』)。ふたつの段階の違いは、「自由主義的」な段階ではヘゲモニー国家が存在するのに対し、「帝国主義的」な段階ではそれが不在で、ヘゲモニーをめぐる争いが続くことにある。
柄谷によれば、現在の「帝国主義的」な段階は1990年から始まった。アメリカの覇権の後退でヘゲモニー国家が不在となる一方で、「情報」が「世界商品」として流通し始め、巨大IT企業が「もうひとつの国家」と呼び得るまでに膨張した。
この段階の前の「自由主義的」な段階は1930年から1990年までアメリカをヘゲモニー国家として60年間続いた。経済力でアメリカにはるかに後れを取っていたソ連にヘゲモニーを握る力はなかった。この段階での「世界商品」は家電や家具などの「耐久商品」であり、それは必需的消費の対象と選択的消費の対象の中間に位置した。後者の割合が前者のそれに追いついていく過程にあったのがこの時代だ。
それが冷戦の終結とともに終わった。私たちの国は頼りにし続けてきたヘゲモニー国家を失い、再分配の最大の制度である社会保障の破綻の危機に右往左往している。