ニュース日記 913 株価の急騰が意味するもの

 

30代フリーター 東京株式市場で日経平均株価が史上最高値を更新した。生成AIブームで好調な業績を重ねる半導体銘柄に買いが集まったのが直接の原因とされている。

年金生活者 イノベーションを利潤の主要な源泉とする第3次産業中心のポスト産業資本主義の特性があらわになった。

 日本経済は1990年代初めのバブル崩壊のあと、デフレが基調となった。「買い手に極楽、売り手に地獄」(長谷川慶太郎)のデフレは企業に絶え間ないイノベーションを迫り、そのための設備投資を促す。ところが、日本ではその通りにならなかった。

 バブル崩壊にともなう雇用・設備・債務の「3つの過剰」がのしかかり、投資どころか「減らすことが当たり前の企業行動が広がった」(2月23日朝日新聞朝刊)。さらに、2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災、2020年からの新型コロナの流行は、そうした守りの経営を固定化させた。

 その結果、日本の資本主義はいわばイノベーションに飢えた状態になった。「失われた30年」を経て海外から到来した生成AIブームは、その飢えを満たすまたとない好機となった。それが株価にあらわれた。時価総額の「上位10社に入るキーエンス、東京エレクトロン、信越化学工業などはいずれも成長著しい半導体関連の企業。売上高の6~8割ほどが海外向けだ」(2月23日朝日新聞朝刊)。

30代 株価上昇の要因にアベノミクスもあげられている。

年金 アベノミクスの3本の矢のうち1本目の矢である異次元の金融緩和は円安を進行させ、自動車など日本を代表する輸出産業を潤わせた。それらの企業にとっては、イノベーションの努力をしなくてももうかる仕組みを与えられたことを意味する。それは低迷していた株価を押し上げる一方で、企業にイノベーションを怠らせる要因ともなった。さらに2本目の矢の大規模な財政出動は企業へのバラマキを広げ、これもイノベーションの足を引っ張った。アベノミクスは経済の停滞を止めるどころか、それを延長させた。

 デフレは物価だけでなく賃金の上昇も抑えるので、労働者には不利な一面がある。安倍政権が旗を振った官製春闘はその不満につけ込んだものだ。しかし、賃金は上がらなくても、イノベーションが進行すれば、安価で利便性の高い商品が生産されるようになり、労働者はそれを享受できる利点がある。アベノミクスはそれも消失させた。

30代 ニューヨーク株式市場でもダウ平均株価が史上最高値を更新した。イノベーションに飢えていたのは日本の資本主義だけか。

年金 正確に言えば、世界の資本主義が飢えていた。地域によってその度合いに違いがあるだけで、日本はそれが特に大きかった。

 この「飢餓」の背景には、先進諸国を中心に進行する少子化による労働力不足がある。第2次産業を牽引車とした産業資本主義の時代には労働力は慢性的に余り気味で、マルクスはそれを相対的過剰人口と呼んだ。企業は労働力を安く買いたたくことによって利潤をあげた。

 しかし、資本主義の高度化は、富の稀少性の縮減を加速し、労働者のふところを次第に温めていった。第3次産業を牽引車とするポスト産業資本主義の時代になると、個人消費に占める選択的消費の割合が必需的消費と同じくらいになるまで拡大した。それは、仕事にありつけるなら、どんな仕事でもいい、といった苦境から労働者を解放した。

 そうしたゆとりは同時に、社会を少子化へ向かわせるトレンドを形成した。それまで高かった病気や栄養不足による乳幼児の死亡率が食生活や衛生状態の改善によって低下し、多産の必要性が除去されたからだ。

 相対的過剰人口は減少に向かい、企業は思うがままに労働力を買いたたくことができなくなった。先進諸国では人手不足が深刻になり、資本主義はもはや労働者をじかに搾取することで利潤をあげることが難しくなった。それに代わって新たな利潤の源泉となったがイノベーションにほかならない。

 イノベーションの途絶は現在の資本主義にとって致命的となる。だから、新たなチャンスを見逃さない。そのため、投資は一点集中的な傾向を帯びる。今回の株価上昇にもそれがあらわれた。米半導体大手エヌビディアがAIブームを追い風に、市場予想を大幅に上回る業績をあげ、それが引き金となって半導体銘柄に買いが集まった。

30代 史上最高値の更新について岸田文雄は「日本経済が動き出している。国内外のマーケット関係者が評価してくれていることは心強く、力強さも感じている」と述べたと報じられている(2月22日日本経済新聞WEB版)。

年金 低迷する支持率の回復のためには何でも利用したい政権にとっては、久々にそのチャンスが訪れたように映ったかもしれない。しかし、株高を牽引したAIブームは日本発ではないし、経済成長率は低いままだ。今春闘では賃金上昇にエンジンがかかり出したとはいえ、物価上昇には追いつかない。国民の大半は史上最高値を祝う気にはならないだろうし、ましてそれを岸田政権の手柄とは考えないだろう。