ニュース日記 907 政権交代はなぜ起きないのか
30代フリーター 自民党が裏金疑惑にまみれても、下野する気配すらない現在から見ると、2009年に政権交代が起きたのが不思議に思えてくる。
年金生活者 09年にそれが起きたのは、国家と国民の力関係が変わったからだ。国家の優位が減じ、そのぶん国民の優位が増した。民主党はその変化を「国民の生活が第一」と公約に表すことによって政権の奪取に成功した。
30代 なぜ力関係が変わったんだ。
年金 高度経済成長を経て消費支出に占める選択的消費の割合が必需的消費と肩を並べるまでに拡大した結果、国民は膨らんだ選択的消費を一斉に控えることによって、当面の生活に困ることなく、景気を停滞させ、時の政権を倒すことができるようになった。前世紀の終わりに吉本隆明はそう指摘した。それは国家の権力の一部が個人に分散したことを意味する。
分散した権力を手にした諸個人はそれに相応する処遇を求めるようになった。それは政府の都合よりも国民の都合を優先しろという要求だった。それをいち早く察知したのが小泉純一郎だった。彼が郵政民営化のスローガンに掲げた「官から民へ」はその要求への回答だった。
30代 あのころは小泉人気が盛り上がり、政権交代など考えられなかった。
年金 彼のあとに続いた3代の自民党政権は、国家と国民の力関係の変化に気づいていなかった。その鈍感さに不満を募らせた国民は自民党ではダメだと考えるようになった。
それまでの自民党は国民の批判を浴びると、総裁の首をすげ替えて新しい内閣を組織する疑似政権交代でしのいできた。それは大昔の「王殺し」に似ている。災厄が起きると、王の力が衰えたためとして、王を殺害するシステムだ。国家と国民の力関係が新たなバージョンに入ったことで、王殺しの現代版である疑似政権交代の効果が薄れてきた。小泉後の短命な自民党政権はそれをあらわにした。
民主党は小泉政権の「官から民へ」を受け継ぎ、「官僚主導から政治主導へ」を掲げて政権を手にした。国民が自民党あるいは自民党的なものの完全排除を求めたのではないことをそれは示している。自民党1.0に代えて自民党2.0による政権を求めたと言ってもいい。政権についた民主党の代表の鳩山由紀夫も幹事長の小沢一郎もともに自民党出身者だったことがそれを物語っている。民主党は55年体制下の社会党とは異なり、自衛隊も日米同盟も市場経済も容認し、基本政策では自民党と大きな違いはなかった。
30代 大した違いがないのに、政権交代して意味があるのか。
年金 それでも政権交代はあったほうがいい。長期政権は惰性、停滞、腐敗を免れない。与党と野党がたとえ同じ政策を掲げていても、前者はその推進にブレーキをかけ、後者はそれを加速する可能性が高い。
30代 2009年には起きた政権交代が今なぜ起きないんだ。
年金 政権に返り咲いた自民党が、旧民主党の放り出した理念や政策の相当な部分を拾い上げて代行し、政権交代の理由を消し去ったからだ。
「国民の生活が第一」「官僚主導から政治主導へ」というスローガンを掲げながら、公約を公然と破り捨てるという民主党のオウンゴールに助けられて政権に復帰した自民党は、そこから教訓をくみ取った。➀できない公約はしない②国民ファーストの姿勢をアピールする③「政治主導」を制度化する(内閣人事局の新設)といった形でそれを実行に移した。
そうなると、民主党を支持する理由はなくなる。それどころか、沖縄の普天間基地の移設や消費税の引き上げをめぐって露骨な公約破りをし、国民そっちのけで内紛を繰り広げたこの党には二度と政権についてほしくない、と国民は考えるようになった。その後身である立憲民主党の支持率が低迷しているのはその結果と言える。
30代 維新の会は立憲とは出自が異なるのに、政権をうかがうほど支持が広がっていない。官僚主導から政治主導への転換を目指すなど、政権交代時の民主党の公約と重なる部分が大きいのに、それが党勢の飛躍につながっていない。
年金 そうした公約はすでに自民党が引き受けてしまっているからだ。
30代 だとしたら、政権交代は時代が大きく変化するときにしか起きないということになる。
年金 米欧ではそうではない。政権交代は普段の出来事としてある。台湾もそうだ。今回の総統選では政権交代はなかったが、与党の民進党は立法院で過半数を失った。部分的な政権交代、あるいは準政権交代とみなすことができる。
中国に飲み込まれるのを拒む一方で、相手を無用に刺激しないように警戒して、有権者はそれに最適な権力の構成を選んだと言うことができる。権力にただ従うのではなく、それを自分たちのために利用しようとする台湾人の政治的なメンタリティーがうかがえる。
30代 少子高齢化は時代の大変動だろう。自民党政権はそれを乗り超える道を示せないでいるのに、それが政権交代に結びつかない。
年金 変化が起きても、対処法を実行可能な公約として示せなければ、有権者をその気にさせることはできない。それをやれる野党が今ひとつもない。