ニュース日記 906 台湾の新しさ

 

30代フリーター 台湾の総統選が終わった。世界が注目した選挙だった。

年金生活者 台湾はその権力のあり方からすれば、れっきとした国家だが、世界の大多数の国々は国家と認めていない。「ひとつの中国」を掲げる中国が台湾を自国の一部と主張し、統一を目指しているからだ。国家でありながら国家と認められないこの特異な状態に対して、台湾人の多くが望んでいるのは「独立」でも「統一」でもなく、「現状維持」とみられている。

 中国という巨大な「帝国」に飲み込まれるのでもなく、逆に国民国家としてのナショナリズムに傾斜するのでもない、その独特の民意は台湾を各国にくらべてより開かれた国家にする作用をしていると思える。アジアで初めて同性婚を法制化したのもそのあらわれと言っていい。

 中台間のサービス貿易協定に反対して学生らが立法院を占拠した2014年の「ひまわり学生運動」も、国家が開かれていることの証左だ。3週間以上におよぶ議会の占拠を通常の国家権力が許すはずがないからだ。

30代 姚人多という、台湾の現総統の元最側近が去年暮れの朝日新聞で「台湾人は変化を恐れません」と語っていた(12月20日朝刊)。「過去にはオランダ、日本、中国などの外来政権が台湾を支配し、去っていきました。私たちは、政治に何度もだまされてきました。だから、政権に早く成果を出させないと、明日には権力者が台湾からいなくなっているかもしれないと考える習慣がついているのです」

年金 「政権に早く成果を出させないと」という言い方は、台湾人が権力というものを黙って従う対象ではなく、「成果」を手にするために利用する対象と考えていることをうかがわせる。「明日には権力者が台湾からいなくなっているかもしれないと考える習慣」は、権力者というのは「万世一系」ではなく、いつでもいなくなるし、いつでも交代し得るものだと考える習慣でもある。

 そうした権力観は民主主義のとらえ方にもあらわれている。選挙はしょっちゅう行われているのに、政権交代はめったにない日本とは対照的に、台湾では1996年に初めて直接投票で総統が選ばれてから20年の間に3度の政権交代があった。

 国民党の独裁が続いていた台湾が民主化されたのも、日本のようにアメリカに押しつけられた結果ではなく、台湾人が勝ち取ったものだ。つまり自力で権力者を交代させた。民主主義を政権交代のための装置ととらえる意識は最初からあったと推察される。

 国民に対して国家を開いていこうとする台湾のこうした姿勢は、国家を閉じ続ける中国からは国家の解体に見えるに違いない。それが大陸全土に及ぶことを恐れていると推察される。96年の総統選に圧力をかけるために中国が行った軍事演習はその恐怖心の表出でもあった。

30代 暮れの朝日新聞は「中華民族の偉大な復興を政権の『歴史的使命』と言い切り、その欠かせぬピースとして中台統一にこだわる習」と習近平の執念を伝えていた(12月27日朝刊)。

年金 習がしきりに「中華民族」を強調するのは、中国を均質な国民で構成される近代的な「主権国家」と位置づけたがっていることのあらわれと見ることができる。現実の中国は均質な国民で成り立っているわけではなく、大多数を占める漢族のほかにいくつもの少数民族が存在する。そして統治の仕方は、国家が権力を独占するのではなく、地方政府が権力を分け持つなど、前近代的な「帝国」の伝統を残している。

 「主権国家」がナショナリズムに傾斜しがちなのに対し、「帝国」はグローバルな振る舞い方をする。周辺国を臣下とみなす中国の古代以来の冊封体制は一種のグローバリズムだ。その伝統が現代のグローバリゼーションと共振し、外資の導入による資本主義の発展をあと押しした。

 世界の建前は国家間に上下を設ける「帝国」を認めない。国家間の対等を前提にした「主権国家」こそ正しいあり方としている。それは領土の線引きのあいまいな冊封体制とは異なり、国境線を厳格に定めようとする。そんな「主権国家」の列強に「帝国」の清が領土のあちこちをむしり取られ半植民地化された歴史は、中国に「帝国」から「主権国家」への脱皮を目指すことを強いた。それが孫文らによる辛亥革命につながり、現在の共産党政権にも受け継がれている。

 「帝国」と「主権国家」、グローバリズムとナショナリズムといった相反するベクトルのせめぎ合いの中に現在の中国はある。その渦が押し寄せる台湾は、対立するベクトルのどちらにも偏らない未来に向かう可能性をはらんでいる。

30代 台湾と国交のある国は13カ国にとどまるのに、国交のない60カ国に窓口機関が設けられ、大使館と同様の査証業務などをしている、とウィキペディアにある。

年金 自国を国家として承認してくれない多くの国を相手に友好関係を結ぶのは「主権国家」の常識からは逸脱している。その意味では台湾は近代国家を超える一面を有している。それは国家を国民に対してばかりでなく、他の国家に対して開く作用をしていると考えられる。