ニュース日記 904 裏金疑惑の背景にあるもの
30代フリーター 自民党安倍派の政治資金パーティー収入の裏金疑惑が岸田政権を窮地に追い込んでいる。
年金生活者 政治資金というのは、国家による富の再分配機能と並ぶ、もうひとつの再分配システムだ。
国家による再分配機能は、生産されていったん分配された富の一部を「持てる者」から「持たざる者」へ分配し直し、貧困と格差を縮小するのが目的のひとつとなっている。「公平」あるいは「平等」の理念がそれを支える。
国家は、社会の諸個人、諸集団の利害がぶつかり合ったとき、それを調停する機関として存在する。言い換えれば、個々の利益、私的な利益を超えた全体の利益、公的な利益を守る機関と言ってもいい。その具現化のひとつが再分配機能だ。
30代 それ以外にもうひとつ再分配システムがあるというのはどういうことだ。
年金 国家による再分配で、自分の稼いだ富を持って行かれる「持てる者」の側には当然、不満が残る。それに対して、「持たざる者」たちは再分配で得た富を守り、さらに増やそうとする。その状態を放置すると、社会は両者の戦場と化しかねない。その争いにルールを与え、惨事を回避する機能を持つのが議会だ。
議会は資本主義の興隆を反映して、資本家の代表と労働者の代表がそれぞれの分け前を増やすためのせめぎ合いの場となった。資本家の代表は「持てる者」から「持たざる者」への富の再分配に抵抗して、「持てる者」の稼ぎを守ることを使命とした。そのために、国家による再分配とは異なる、「もうひとつの再分配システム」をつくりあげた。それが政治資金という収支の仕組みにほかならない。
「持てる者」の代表は「持てる者」からその富を政治資金として吸い上げ、それを使って選挙で多数派を形成し、「持てる者」の利益になる立法を目指す。それに対し、「持たざる者」の代表は労働者の団体から献金をかき集め、それを使って選挙で勢力を伸ばし、「持たざる者」の利益になるよう立法に影響を与えようとする。
30代 両方の再分配システムを比べると、「持てる者」の側がはるかに大規模だ。
年金 その規模の大きさが裏金づくりの余地を生む。このシステムに備わった、「持てる者」の利益を守る機能をより露骨に発揮させるための細工が裏金だ。それは議会のルールを逸脱する。議会は、「持てる者」から「持たざる者」への富の再分配機能を持つ国家と、その再分配に抵抗する「持てる者」の側との妥協の産物でもある。その妥協を裏切る裏金を国家としては放置するわけにはいかない。東京地検特捜部も捜査を始めざるを得なかった。
30代 裏金疑惑の大半が安倍派なのはどういうわけだ。
年金 政権や政党が国民に支持される重要な要素のひとつに「理念」がある。裏金もそれにかかわっている。
東西冷戦と55年体制のもとで自民党が掲げた理念は「自由社会を守る」だった。冷戦の終結と55年体制の崩壊とともに、それは切実さを失って、理念としての力を減退させ、非自民の細川連立政権の成立を許した。
威力の衰えた「自由社会を守る」に代わる理念として「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」を掲げて登場したのが安倍晋三だった。
それが国民に一定程度支持された背景には中国の経済的、軍事的な大国化がある。下半身だけ「自由社会」になることによって膨張した中国は、経済大国としての日本の地位を脅かし始めた。それは共産主義によって「自由社会」を脅かしていた国が、自ら「自由社会」に急変することによって、既存の「自由社会」が得ていた分け前を奪い始めたようなものだ。
それには「自由社会を守る」では対抗できない。「日本の分け前を守る」ものでなくてはならない。「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」はそれを言い表したものだ。さらに、そこには「分け前を守る」ことだけでなく、中国の軍事大国化への対抗が含まれている。
安倍政権はそれを具体化するために、特定秘密保護法や、集団的自衛権行使の部分容認を含む安保法制の制定を強行したうえ、憲法改正をもくろんだ。それに対する国民の批判をかわすために仕組んだのがアベノミクスだった。それは雇用を増やすことを通じて国民の支持をつなぎとめる効果を発揮した。
30代 話がなかなか裏金に結びつかないな。
年金 借金をしまくることで成り立つアベノミクスは痛みを止めるモルヒネのようなもので、いつまでも続けられないことは自明だった。現在の円安やインフレがそれを実証している。それでも安倍政権がそれを採用したのは、憲法改正までの期限付きと考えていたからと推察される。
安倍政権はこのアベノミクスを魔法の杖のように使って国政選挙で全勝した。しかし、憲法9条を骨抜きにし、軍備の増強を目指すこの政権の一貫した姿勢に国民は警戒心を解かなかった。そのぶん政権は選挙でこれまでにないような無理を重ねたと思われる。そのひとつがカネの大量投入だ。参院選での法相夫妻による大規模買収事件が代表例だ。安倍派の組織的な裏金疑惑もそうした「無理」のひとつと考えることができる。