ニュース日記 902 「台湾有事」はあるか

 

30代フリーター 米中首脳が1年ぶりに対面で会談し、偶発的な衝突を防ぐために、軍幹部同士の協議などを再開することで合意した。

年金生活者 アメリカは「台湾有事」への懸念を強調する。だが、中国自身はそれを台湾統一のプログラムの中で最も避けたい選択肢と考えているはずだ。アメリカは口では言わないものの、中国と台湾の関係を国家どうしの関係と見ている。しかし、古代から続く「帝国」をひそかに自認する中国は、台湾を冊封体制のもとにある臣下とみなしている。臣下を相手に戦争したり、その土地を侵略したりすることは建前上あり得ない。

 中国と台湾の対立は、中国共産党と国民党の内戦の続きのように見えるかもしれない。だが、大陸での内戦と、海峡を挟んだ現在のにらみ合いとは性格が異なる。国共内戦は「帝国」の「皇帝」の座をどちらが取るかの争いだった。共産党がそれを取って70年以上たった現在、その争いは終わっている。台湾の国民党が北京を敵視しない姿勢をとっているのはそのあらわれであり、中国にとって、台湾に軍隊を送って内戦を継続しなければならない理由はない。臣下だから懲罰のための武力行使はあり得るが、懲罰では統一はおろか占領さえできない。

 問題は台湾が臣下としての礼を尽くさないことにある。だから、中国はそれをするように仕向けるために、かつての「朝貢」を「一帯一路」政策として復活させ、冊封体制を周辺に再構築して、台湾を包囲しようとしている。

30代 ロシアも同じように「帝国」を自認しているのに、なぜ臣下のはずのウクライナに戦争をしかけたのかという疑問がわく。

年金 中国は長い歴史の中で繰り返し周辺の諸族からの侵入を受けてきた。その結果、軍事では攻撃よりも防御に重点を置かざるを得なかった。それは共産党政権になっても変わらず、核の先制使用を否定していることにそれがあらわれている。だから、台湾を「攻撃」するという判断に至るまでにはいくつもの関門を経なければならない。軍備の強化を進めているのは台湾を「攻める」ためではなく、アメリカから「守る」ためだという理屈だろう。

 これに対し、ロシアは不凍港を求めて繰り返し域外への進出を企ててきた。だから、軍事では防御よりも攻撃になじんでいて、ウクライナを攻めるときは、それほどためらいなく踏み切ったと推察される。

 もうひとつ両「帝国」の違いをつけ加えるなら、歴史の長さがある。中国の歴史は4000年前にさかのぼることができるのに対し、ロシアの起源は9世紀とされる。中国が物事を長期的に判断するのに対し、ロシアはより短期的に考えやすい。中国が台湾をじっくりと囲い込もうとしているのに対し、ロシアにはそれほどのこらえ情がなく、ウクライナに攻め入ったと考えることができる。

30代 台湾をめぐって中国はことあるごとに「一つの中国」を強調する。

年金 中国が「一つの中国」を言うのは、バラバラな現実があるからだ、と岡本隆司という中国史の研究者が指摘している(『教養としての「中国史」の読み方』)。中国が21世紀の現在も古代以来の「帝国」であり続ける理由もそこにあると考えることができる。

中国がバラバラなのは、国土があまりに広くて、地域ごとに違いがあり、まとまりにくいため、と岡本は説明する。各地に言葉も文化も違う様々な種族が存在し、それをまとめる諸権力が互いにせめぎ合っている状態を、同一の制度のもとにまとめるのは不可能に近い。それで選ばれたのが、各地の諸権力の独立性をある程度まで容認する「帝国」というシステムにほかならない。共産党政権が香港や台湾に適用すると言っている「一国二制度」も「帝国」の伝統にのっとったものだ。

30代 ヨーロッパにも「帝国」は存在した。古代ローマ帝国が滅びたあとは、神聖ローマ帝国が近世まで続いた。

年金 しかし、ウエストファリア条約に象徴される主権国家システムの誕生とともに消滅し、その後「帝国」が復活することはなかった。「帝国」を構成する各地の諸権力は主権国家として独立し、やがて均質な国民で構成される国民国家になった。

 「帝国」にとって、領域内の諸権力は自らの支配を支える存在であると同時に、脅かす存在でもある。そのリスクを回避するために、中国の皇帝は領域外に支えを求めた。それが自らのもとへ朝貢してくる服属国であり、そのシステムが冊封体制にほかならない。21世紀の「皇帝」である習近平が台湾の独立を恐れる理由のひとつをそこに求めることができる。

30代 アメリカ側からは「台湾有事」の可能性を指摘する主張が絶えない。

年金 そう言わざるを得ないアメリカの都合があるからだ。中国との覇権争いをやめられないアメリカはこの先、北京政府と友好関係になる選択肢は捨てている。しかし、流血の戦争だけは避けたい。そのためには、融和が無理な以上、抑止力の強化、つまり軍備の増強しかない。それに世論の支持を得るには緊張状態が必要となる。それを保つ方法のひとつが「台湾有事」というプロパガンダにほかならない。