ニュース日記 897 例外の半世紀

 

30代フリーター 伊藤貫という、ワシントン在住の国際政治アナリストが、こんな趣旨のことを言っている。日本が世界の覇権闘争に本格的に巻き込まれたのは、歴史上あとにも先に1894年の日清戦争開始から1945年の日米戦争の終結までのたった50年間だけだった。ほとんどの日本人にとって、それは悪夢のような50年間で、あんなことにもう二度と巻き込まれたくないと思った。

年金生活者 欧米諸国が何世紀にもわたって覇権をめぐる戦争で勝ったり負けたりを繰り返してきたのに対し、私たちの国はわずか半世紀の間に経験した何回かの戦争で最後に1度負けただけで「もう戦争はこりごりだ」と公言するようになった。日本人にとってその半世紀は「例外の半世紀」だった。欧米の歴史を物差しに考えれば、あり得ないことに違いない。

30代 そんな日本人がなぜか大日本帝国の時代には極端なほどナショナリズムを高揚させた。

年金 それは欧米の列強に強いられたものであり、もともと国家意識の強くなかった日本人にとってはしぶしぶ選んだ道だった。だから、「帝国」が敗戦で崩壊したとたん、国家を国家たらしめるはずの戦力を否定する憲法を進んで受け入れた。

 大日本帝国が成立する前の日本は、対外的には中国の臣下の地位にあり、対内的には権力が地方に分散した封建制のもとにあった。つまり、国といえば、中国の従属国か、多数ある藩を意味した。

 そこへアメリカが「主権国家」の原理を黒船に積んでやってきた。国家はひとひとつが独立した存在であり、他国に支配されることなく、国民を統治する絶対的な権力として「主権」を有するというイデオロギーだ。主権の中には戦争をする権利も含まれていて、日本はうかうかしていると、それらの主権国家に征服されるかもしれないという危機感が一気に高まった。

30代 そのときから日本は自らも主権国家へと舵を切り、近代化を進めてきた。

年金 それは日本人に相当な無理を強いたはずだ。国家のない縄文時代が1万年以上も続いた結果、国家を考えないメンタリティーが日本人の中に形成されていたからだ。縄文以後、国家をつくることはつくったが、それは周辺国を臣下とみなす冊封体制の中国に強いられて「仕方なく」つくったものと推定される。

 そんな日本人がこんどは欧米の外圧によって「仕方なく」大日本帝国をつくった。侵略されるかもしれないという恐怖に駆られ、欧米の「主権国家」以上の強い「主権」を目指した。言い換えれば、強がること、強いと信じることを強いられた。

 そんな突っ張りはもろくもあった。アメリカに完膚なきまでに打ちのめされたばかりか、その従属国化に甘んじた。アフガニスタンやイラクのように占領されたあとも武装勢力が激しく抵抗し、米軍を撤退させるというようなことはまったく起きなかった。

 アメリカが日本の占領、従属国化に「成功」したのは世界史的には例外的な出来事だった。そのもとは、大日本帝国の時代が日本の歴史の中で例外的な時代だったことにある。

30代 「いつでも戦争するぞ」と世界を脅しつける超大国と、「戦争だけはごめんだ」と考える極東の島国がこれから先、ワシントンの指示で軍事的な一体化の道を進めば、どこかでその矛盾が噴出する可能性がある。

年金 岸田政権による防衛費の爆増を、国民の多数はとりあえず中国やロシアの脅威に対して保険をかけるつもりで容認するだろう。ただし、それはあくまでも軍備を更新して抑止力を高めるためであって、実際にそれを使って戦うという事態、つまり自衛隊員が血を流し、敵のミサイルに脅える日々を国民は想定していないはずだ。だとしたら、いくら防衛費を増やしても抑止力の増強にはならない。使う覚悟のない軍備は張り子の虎と同じだからだ。

 米政府も日本の政府もそれを感じながら、あたかもタブーのようにそれに触れないようにしているように見える。それを言い出せば、アメリカの世界戦略に大きな穴があることを認めることになる。もしそれに目をつぶったまま、例えばアメリカが台湾有事を名目に戦争を始めても失敗する可能性が高い。

30代 支持率を上げることが最大の関心事であるような岸田政権が、台湾有事のことを本気で気にかけているとは思えない。

年金 朝日新聞の世論調査(10月14、15日)で岸田内閣の支持率が29%に急落し、発足以来最低となったのは、いざというとき何もできない政権だと国民から見透かされた結果だ。ハマスとイスラエルの軍事衝突に対する基本姿勢が数日で変わる政権のブレがそれを浮き彫りにした。

 欧米諸国がハマスの奇襲を「テロ」と非難し、イスラエル支持を鮮明にする中で、岸田文雄は「テロ」という言葉を使わず、双方に自制を求めるコメントを出した。日本は原油の9割以上を中東に依存しているからだ。

 ところが、数日後、官房長官がハマスの行動を「テロ」と断じ、あっさり軌道修正した。自国の生命線にかかわる問題すら、アメリカの圧力で取り扱いをかえてしまうような政権に、国民は危うさを感じたに違いない。