ニュース日記 896 ハマスとイスラエル

 

30代フリーター ハマスによるイスラエル急襲は、ロシアや東アジアに向いていた世界の目を一気に中東に引き戻した。中国や北朝鮮に向いていた世界の目をロシアがウクライナ侵略で一気に自らの方へ引き寄せたように。ハマスはロシアの振る舞い方をまねたのではないか。

年金生活者 立山良司という中東問題の専門家は朝日新聞でハマスの動機を次のように推定していた。「敵対するイスラエルと、アラブの盟主を自任するサウジの関係正常化が、パレスチナ問題を無視して進んでいる、とハマスには映ったのだろう」(10月9日朝刊)

 もともとは自分たちと一体だったはずのウクライナと西側諸国の関係の緊密化が自分たちを無視して進んでいるとロシアに映ったのが、侵略を始めた動機のひとつと考えれば、ハマスがロシアをまねたという推察は成り立ち得る。

 イスラエルとサウジアラビアの関係正常化の流れは、世界の戦争の「本流」が第2次大戦を最後に、破壊力を競う流血の戦争から、抑止力を競う無血の戦争に移ったことの(時間差をともなった)反映だ。イスラエル打倒を目指すハマスにとって、それは無血の敗北を意味する。それを阻むには「本流」に逆らって大規模な流血を引き起こすことが必要と考えたと推察される。

 ロシアにとっても、第2次大戦後の「本流」の転換は不都合になりつつあった。もしウクライナがNATOに加盟すれば、東西冷戦に続いてふたたび無血の戦争で敗北を喫することになる。ウクライナはロシアにとって「帝国」の服属国に相当し、自らの統治を支えるつっかえ棒のひとつだ。それを失うことは、領土を失うに等しい痛手となる。ロシアは「本流」に逆らうことを選んだ。

 ハマスはその一部始終に目を凝らしていたはずだ。テロやゲリラだけでは「本流」には逆らえない。国家対国家の戦争に近いレベルの作戦が必要だ。だから、前例のない陸海空からの大規模な攻撃を仕掛けた。

30代 ハマスの急襲はパールハーバーか、といったコメントがSNSに並んでいた。

年金 奇襲がイスラエルの戦意を高揚させ、大規模な反撃へ向かわせたことは確かだ。ただし、似ているのはそこまでだ。

 アメリカが日本を壊滅状態に追い込んで占領し、その後も属国扱いしているような事態が、パレスチナで起きることはあり得ない。太平洋戦争での成功体験に囚われているアメリカは、9・11テロを真珠湾になぞらえ、アフガニスタンとイラクに報復戦争を仕掛けて占領したが、武装勢力による激しい抵抗に遭って、撤退を余儀なくされた。

 それを目の当たりにしてきたイスラエルは、ハマスの掃討だけでなく、ガザ地区の占領にまで踏み込めば、アメリカの二の舞を舞う恐れがあることを承知しているはずだ。占領は国家の建設を希求するパレスチナ人のアイデンティティーを大きく棄損することになり、アフガン、イラク以上の泥沼化が予想される。

30代 世界の戦争の「本流」が流血の戦争から無血の戦争に移ったとジイさんは言うが、ウクライナに続く中東でのおびただしい流血はそれを疑わせる。

年金 無血の戦争の「本流」化は流血の戦争の消滅を意味しない。無血の戦争は流血の戦争を必要とする。

 軍備が抑止力たり得るためには、それが破壊力を備えていることが実証され、いつでもそれを行使する意思が国家に存在していることが必須の条件となる。軍事力の保有は、破壊のためではなく、抑止のためであり、したがってそれを使わないようにするのがその目的だ、と国家が本気で考え出したとたんに、それは抑止力を失う。

 破壊力の実証方法としては実戦に勝るものはない。演習・訓練はそれに遠く及ばない。だから、国家は実戦への衝動を常に内に秘めている。衝動は絶えず出口を求めており、東西冷戦という無血の戦争が続くなかで起きたベトナム戦争や中東戦争といった流血の戦争は、その噴出と考えることができる。

30代 パレスチナ情勢の急転で原油価格が上がり、インフレがさらに進むのではないかと懸念されている。

年金 資本主義の標準状態はデフレであり、インフレは例外状態だ。パンデミックという偶然と、ウクライナ戦争という経済外の要因が引き起こした現在のインフレをみればそれは歴然としている。

 資本主義が剰余価値という、いわば余分な価値を追い求めるシステムである以上、過剰な供給に向かうのは避けられない。それが様々な形の「過剰」を生み出した。歴史を振り返れば、商業資本主義は流通の過剰によって、産業資本主義は生産の過剰によって、ポスト産業資本主義は消費の過剰によって発展を遂げた。

 過剰を起動したのは各時代のイノベーションだ。商業資本主義における流通の過剰は、遠隔地貿易というビジネスモデルのイノベーションによって、産業資本主義における生産の過剰は産業革命という科学技術のイノベーションによって、そしてポスト産業資本主義における消費の過剰は、消費のエンターテインメント化という生活のイノベーションによって可能になった。

 現在のインフレは、戦争が終われば、おのずと終わるだろう。