ニュース日記 892 時代が求めた素人芸

 

30代フリーター ジャニーズ事務所の創業者による少年への性加害が「長期にわたって広範囲に」繰り返されていたことが、外部の専門家による調査チームによって報告された。「被害」とされていなかったものが何年もたってから「被害」と認定されたのは、MeToo運動の経緯と似ている。

年金生活者 傷の痛み、とりわけメンタルな痛みは、時を経て増幅することが珍しくない。それが傷を負わせた加害者への告発をあと押しする力となり得ることをこの事件は示している。

 体にけがをすると、痛みは遅れてやってきたり、あとになって増したりする。負傷した直後から痛み出すと、とっさに身を守る動作ができなくなるから、時間を置いて痛みが増し、それが負傷の危険度を伝える仕組みになっていると考えられる。

 メンタルな負傷にも同じこと、あるいはそれ以上のことが言える。だれかに無礼なことをされても、その瞬間は大した痛みは感じない。あとになってその場面を思い出し、痛みが増しているのに気づく。そんな経験をした人は多いはずだ。そして、その痛みを始末しようと、日を経てから相手に抗議した経験も。

 もし、無礼な扱いを受けた瞬間に強い痛みを感じたら、どうなるか。反射的に相手に殴りかかるかもしれない。倍返しの罵倒をするかもしれない。衝撃のあまり、その場を立ち去ることもできなくなるかもしれない。いずれにしても、こうむった打撃に比して過剰な反応をしてしまう可能性が高まる。それはわが身を危険にさらす恐れがある。

30代 長年にわたって何百人もの少年が性被害に遭ってきたのに、マスメディア、とりわけテレビが報じなかったのは、視聴率をとるために、タレントを出演させる必要があったからと説明されている。

年金 一見、テレビが事務所に一方的に依存しているような印象を与えるが、事務所の事業はテレビがなければ成り立たない。ジャニーズはそのテレビの求めるものに最も適応することができた成功例だ。

そうして出来あがったテレビと事務所の持ちつ持たれつの関係は、もしエンターテイメントがテレビ以外の媒体でも不特定多数に提供可能になれば、必ずしも必要でなくなる。インターネットの普及はそれを現実のものにした。

 あるコンサルティング会社の経営者が「ジャニーズ帝国の未来に暗雲?」と題して、次のような趣旨の記事を自社のホームページに書いている。

 K-POPのBTSは米音楽チャートのビルボードで1位になるなど世界で売れているのに、ジャニーズにはそれができない。日本のテレビ向けに最適化されたビジネスモデルを採用しているからだ。BTSを育てたのは韓国の弱小事務所で、テレビに相手にされなかったので、SNSで過酷なレッスン風景やタレント個人の葛藤まで発信し、全世界にARMYと呼ばれる熱狂的なファンを獲得した。

30代 ジャニーズ事務所のタレントたちは歌も踊りも演技も下手で、K-POPのように海外で通用しないという指摘が性加害事件にからめてなされている。

年金 彼らは下手だからこそウケた。小さい子の芸は下手だから可愛らしく、それが見る者を引きつける。ジャニーズのタレントたちの魅力はそれと同じだ。彼らは小さい子ではないが、顔が可愛いので、小さい子と同じポジションにあり、その芸のたどたどしさが魅力となった。

 ジャニーズの創業者はそんな少年たちをスカウトしては性加害を繰り返していたと指弾されている。彼は売れる少年を見抜く天才だったと言われているが、その才能の正体は犯罪につながる性的指向にあったということができる。

30代 俺は知らないが、昔は歌の下手な歌手が「国民的アイドル」になるなど考えられなかったはずだ。

年金 変化の背景には、国民の大多数があす食べる物を心配しなくても済むようになった時代の到来がある。家計に占める選択的消費の割合が必需的消費のそれと肩を並べるまでに拡大し、もし国民の多くが一斉に選択的消費を控えれば、当面の生活に困ることなく、経済を停滞させ、時の政権を倒すことも可能になった。それは国家の権力の一部が個々の国民に分散したことを意味し、その権力を手にした国民はそれに相応する処遇を求めるようになった。

 それは芸能に対しては、雲の上の存在だった俳優や歌手に雲の下に下りることを望む要求となってあらわれた。それにこたえるために、テレビや芸能事務所などエンターテインメント業界は、俳優や歌手に下手な芸、素人並みの芸を求めるようになった。玄人と素人の垣根を低くしたり、取り去ったりする「芸の解体」はジャニーズのタレントに限らず、素人をスタジオに呼び込んだり、逆にタレントが素人のいる街に出ていったりする娯楽番組の流行などとなってあらわれた。

エンターテイメントに対する日本の地上波テレビの支配力はまだ強いが、これから次第に弱まっていくことは確実だ。ジャニーズのビジネスモデルにももはや未来性はない。そのことを双方が感じ始めたことが、ジャニーズ側の謝罪会見と、マスメディアの「反省」につながったとみることができる。