がらがら橋日記 依頼

 

 ようやく、ほんとうにようやく、暑さがやわらいできた。同時に、鳴りをひそめていたボランティアの依頼もどっと入ってきた。いつも思う。10年も前なら、家族や近所にちょっと頼めば済んでいた仕事がほとんどだ。頼む人がいなくなったのか、後腐れのない金銭契約をよしとするようになったのか。

 草取りの依頼先に行ってみると、出迎えてくれたのは白いポロシャツにジャージ姿の男性だった。ほぼ同世代か。視線がぼくの頭の少し上で動かないから、聞いていた通り視覚障害者とわかったが、杖を使わずまっすぐに歩いて来たので、弱視なのだろうかと思った。草取りをしていたとおぼしく、下げた両手の指先は広がっていて土が付いていた。

「いやあ、お世話になります。」

 桂米團治そっくりの声で明るく話しかけられたので、気持ちよく作業ができる気がした。簡単な打合せが済むと男性は振り向いて玄関の方へもどって行った。すり足で数歩進んだところで、アプローチに止めたぼくの自転車にぶつかってしまった。あっ、と思ったが声を出す間もなかった。つま先をツツッと出しただけで大きくバランスを崩すこともなく、

「ああ、自転車で来られたんですね。」

と謝るぼくを気遣うふうに言った。路上におかれた自転車が視覚障害者には脅威であることを何度かニュースで見たが、たった今それを目の当たりにしたのだと思った。

 事情あって三月ばかり不在にせねばならなかったということで、草はかなり茂ってはいたが、放置されたところと違い抜きにくくはなかった。男性は、ぼくの近くで正面に顔を上げたまま手を地面に這わせ、その手に触れた草を毟った。

 前は少し見えていたが、今はまったく見えない。中国地方の中核都市で暮らしているが、松江の方が暮らしやすい、音の出る信号機がけっこうあるから。ガリガリと鎌が土を削る音とブツブツと草をちぎる音を交錯させながら、そんな話をする。

「買い物ですか。近くのスーパーだったら歩いて行きますよ。大きな店は苦手ですね。」

 ふと気になって買い物はどうしているのかと聞くとそう言った。毎日一人で出かけるのだそうだ。商品棚など見えないだろうにどうやって選ぶのだろうか。男性はクスッと笑って言った。

「店の人に頼んで連れて行ってもらいます。」

 こんな単純極まりない依頼があることにも想像が及ばず聞いてしまうなんて。ぼくはかなり麻痺が進行してしまっているようだ。