人生の誰彼 15 松江一畑百貨店
或る日の夕方、スマホをかまっていた妻が頓狂な声をあげて「大変だぁ!」と言うので驚きました。何事か訊ねると「一畑が閉店するんだって」と言うのです。
最近売場の規模が縮小されておかしいとは感じていましたが、まさか閉店するとは思いが到らなかったので確かに驚きました。妻の場合は特に、『一畑友の会』の会員になっていたから他人事ではなかったのです。閉店したらこれまでの積立金がどうなるか咄嗟に気になったに違いありません。
JR松江市駅前にある一畑百貨店閉店のニュースは、翌日の地方紙の一面に掲載されるほどの大事件でした。昔は殿町の県民会館(旧松江市公会堂)の近くにあり、還暦以上の松江市近隣住人にとっては思い出深い百貨店なのです。市内の様々な商店が栄枯盛衰を繰り返す中、この一畑百貨店だけは場所は変われど数多の量販店とは一線を画す老舗として六十五年の長きに渡り存続し続けたのです。
若い世代の中には、一畑百貨店なんか行く用がないからなぜ地元自治体を巻き込んだ大騒動になるのか理解出来ないという方も多いでしょう。多分、この感覚こそが閉店に繋がる原因の一つであろうと思わざるを得ません。暖簾に胡坐、その一面があったことは否定できないでしょう。かく言う私も、妻と二人で月に数回利用する程度で、大抵買物をする売場は決まっています。あまり熱心な客ではありませんが、やはり閉店したら寂しいという思いは少なからずあります。
私にとって子どもの頃の一畑百貨店での最大の思い出は、殿町にあったときの大食堂での家族揃っての食事です。一つのフロアを占領した正に昭和のデパートの大食堂!でした。ショーケースを眺めてメニューを決めてから食券を買い求め、大きなテーブルに座ります。各テーブルの上には水玉模様の土瓶と茶碗が置いてあるので、自分でお茶を注いで料理を待つ時間が好きでした。私のお気に入りのメニューは『一畑ラーメン』でした。肉と野菜の入った餡かけ風のラーメンだったと記憶しています。あの頃の賑わいが懐かしくて仕様がありません。
閉店の発表後に訪れた一畑百貨店はいつもより人出が多く感じました。普段は年配のお客さんが多い店内には珍しい親子連れの姿がチラホラありましたが、きっと閉店と聞いて足を運んだに違いありません。今の一畑には子供をワクワクさせる物は一つもありませんが・・・「散る一畑 昭和は遠くなりにけり」お粗末。