がらがら橋日記 移住仲間

 

 NHKに『いい移住』という三十分弱の番組がある。昼ご飯を食べながら時々見る。都会から地方に移住した若者や家族の奮闘ぶりを描いたものだ。必死さが伝わってくるものや、どこか能天気なものや、まさに十人十色で、選んだ職業もみんな違っており図鑑を眺めているようなおもしろさがある。

 見るようになってからずいぶん経つのにこの間見ていて突然、ぼくも移住をしたんじゃないかと思った。今さかんに言挙げされている移住は、都会から地方という方向性があること、起業なり企画なりで人を呼び込む活動をしていること、家族で移ったり出産したりして人口を増やしていること、公務員になって(民間の場合もあるが)地域の課題に取り組むこと、いずれかあるいはいくつかが当てはまる。今は、単に移り住むだけでは移住の意味を満たさないようなので、ぼくもこれまで自分を移住者と思ったことがなかった。でも、転職こそしなかったが地域に移り住み、仕事とは別のことにも熱を上げ、人口もわずかながら増やし、ともに地域の課題にじたばたしたことを思えば、移住者の端くれと自認してもいいような気がしてきた。県内移動ばかりでスケールは小さいが。

 ぼくを移住者とするならば、移住仲間になるSさんと久しぶりに電話で話した。

「おお、声が変わらんな。」

「ああ、元気だ元気だ。ん?今か。今は百姓だ。三反六畝の田んぼ作っちょうぞ。去年は七十俵出した。バリバリだろ。」

 Sさんはそう言って昔と変わらぬ豪快な笑い声を響かせた。電話の向こうから土の香りがしてくる。

 Sさんは同職であり、学校と役場で同じ時期に何年かずつ勤めた。年も一つしか違わず、境遇が似ているのをネタにふざけた話も真面目な話もよくした。ぼくが松江に移った後しばらくして、Sさんが退職したと聞いた。介護離職だった。思っていることがいつだって顔に出ていて、口にする言葉もその顔と寸分違わないので、ぼくはSさんのことを「日本一の正直者」と呼んだ。時には敬意を込めて、時にはからかって。いつもの人懐っこい笑顔で退職していることを願った。

「この間は、小学校でこんにゃく作りを教えたぞ。」

「へえ、もうすっかり地域のおっつぁんだなあ。」

「ああ、そいだそいだ。もう先生なんて呼ばせせんけん。農家のおっつぁんだけん。」

 相変わらず日本一の正直者のままで、今の気持ちの張りを隠そうともしない。移住の苦しさも教員の苦しさもともにくぐってきた仲間の元気な笑い声を聞くのは実にいい気分だった。