ニュース日記 862 岸田軍拡

 

30代フリーター 岸田文雄はアメリカで「国民一人一人が主体的に国を守るという意志の強さの大切さ」を語ったと伝えられている(首相官邸ホームページ、1月13日)。

年金生活者 日本国民がそうした「意志の強さ」を持ち合わせていないことへの危機感の表明と受け取ることができる。今のままではいくら防衛費を増やし、敵基地攻撃能力を備えても、張り子の虎になりかねない。そう考えて国民の尻を叩きたがっているように見える。

30代 岸田の言葉が国民に響くとは思えない。

年金 「日本周辺がヤバくなっているから、自衛隊がんばって」と声援を送る一方で、自らは戦いたくないというのが現在の大多数の国民の本音と推察される。前にも紹介したとおり、世界の社会科学者らが実施した「世界価値観調査」によると、「もし戦争が起こったら国のために戦うか」との問いへの回答で日本は「はい」が13・2%と、調査対象79カ国中最低だ。一方、昨春の朝日新聞の世論調査では、自衛隊は憲法に「違反していない」が78%にのぼる。つまり、もし戦争になったら、自分は戦わないけれど、自衛隊が戦うのは支持するということだ。

30代 それ、日本国民をけなしているのか。

年金 美点として言っている。戦う意志の欠如、あるいは弱さは憲法9条の精神であり、安全保障でいう周辺国への「安心供与」となる。たしかにそれは軍備を張り子の虎にし、物理的な抑止力を低下させるが、代わりに目に見えない抑止力を高める。

 岸田は今年初め突如として「異次元の少子化対策」を言い出した。若年層が減り続ければ、今でさえ定員割れしている自衛隊は、いくら国民の大多数が支持しても、いくら武器弾薬を買い込んでも、その使い手がいなくなる。その危機感が岸田の「異次元」発言を誘う要因のひとつとなったと考えることができる。

30代 そこに結びつけるのは飛躍じゃないか。

年金 軍備の増強と人口対策が表裏一体をなしていることは戦時下の大日本帝国の国策「産めよ殖やせよ」が示しているとおりだ。少子化の進行は自衛隊員の確保を困難にするだけでなく、生産年齢人口の減少を加速し、戦争遂行のための土台を崩していく。

 「国民一人一人が主体的に国を守るという意志」といった言葉は安倍晋三からさえ聞いたことがない。世界に類例のない非戦の憲法がやはり彼を縛っていたと思える。彼は自らの意思を遺志にかえることによって、それを岸田に実行させようとしている。

30代 弱みを見せると、それにつけ入る国があるという警戒感がいま世界を覆っているように見える。

年金 私たちが他人に弱みを見せたがらないのは、たぶん動物的な本能に根ざしている。見せればいつ襲いかかられるかわからないと恐れている。他方で人間は弱みをさらすことで相手に安心感を与え、その戦意を削ぐこともする。無防備な赤ん坊に危害を加える者はまれだ。

 戦後の日本は世界中に弱さをさらすことによってわが身を守る道を選んだ。その法的な表現が憲法9条だ。こんな選択をした国は歴史上ない。アメリカという巨人に完膚なきまでに打ちのめされ、弱みを隠しようのない状態にまで追い込まれた結果だ。

 それによって軽武装・経済優先の路線を走ることができ、世界が驚く高度経済成長を達成した。それは弱みしかなかったところに新たな強みを加えたことを意味する。それでも憲法を変えずに弱みをさらし続けたのは、手にした強みをいつでも軍備に転化できるという自信と、それでも実行はしないという矜持を持つことができたからだ。

30代 その強みが今はぎ取られつつある。国民1人当たりのGDP(為替レートベース)は2000年に世界2位だったのが2021年は22位だ。

年金 自信と矜持を削ぐには十分な落差だ。それが弱みをさらすことへの恐れを誘い、専守防衛から逸脱する敵基地攻撃能力の保有や防衛費の大幅増額のかけ声となってあらわれている。

30代 軍拡の流れは日本だけではない。

年金 第2次世界大戦のあと、世界の戦争の本流は「流血の戦争」から「無血の戦争」に移った。東西冷戦がその最初の大規模な事例となった。人類を何度も滅亡させることのできる大量の核兵器が「使えない兵器」になったからだ。軍備のおもな機能は「破壊」から「抑止」に移った。

「無血の戦争」は「破壊力」ではなく「抑止力」を競い合う。だから軍備が破壊されることはない。だが、軍事費が少なくて済むわけではない。軍事技術の発展は軍備の絶えざる更新を迫るからだ。

「流血の戦争」なら軍備が破壊される。すると、各国の軍事力に著しい不均衡が生じる。その結果、日本では世界でただひとつの非戦・非武装の憲法が誕生するといいう「奇跡」のようなことが起きた。

 「無血の戦争」ではそうした不均衡は生まれにくい。各国の軍事力は平準化に向かう。A国が軍備を拡張すればB国はそれに対抗して拡張する。西側諸国で加速する軍備増強は中国やロシアへの対抗を理由にしている。平準化に向かう流れのひとつとであり、日本政府の突然の防衛費増額もその流れの中にある。