ニュース日記 855 再分配と互酬 

 

30代フリーター やあ、ジイさん。与党が負けることの多い米中間選挙で民主党が予想外に踏ん張った。

年金生活者 背景に米中の「無血の戦争」、ウクライナでの「流血の戦争」がある。巨額の財政支出を要する戦争が政府に強いるのは「大きな政府」路線であり、それをイデオロギーとする民主党は今の事態に適応しやすい。「大きな政府」路線は世界的な流れになっており、岸田政権が掲げる「新しい資本主義」はその別名にほかならない。

この「大きな政府」路線は諸物価を押し上げ、これまで長く続いていた世界経済のデフレ基調をインフレ基調に一変させた。デフレは平和によってもたらされ、インフレは戦争が引き起こすという長谷川慶太郎の見解どおりの展開となった。平和なときは軍事的な需要が減るぶん財政支出も減って政府は小さくなる。戦争になると、軍事上の需要が膨らんで財政支出は増大し、政府は大きくなる。

30代 自民党はもともと「大きな政府」の党だという指摘がある。

年金 東西冷戦がその路線を強いた。それを担ったのが、自民党の宏池会や田中角栄の派閥に代表される保守本流だった。ただし、それは変則的な「大きな政府」路線だった。軍事上の支出はおもに同盟国のアメリカに負担させ、代わりに高度経済成長をあと押しする財政支出を増大させた。それは軽武装・経済優先路線と呼ばれた。

 やがて冷戦が終わりに近づくと、先進国で「小さな政府」路線への転換が始まった。それは新自由主義と呼ばれたサッチャーやレーガンの政策に代表される。

 日本ではこの転換は小泉純一郎の政権から始まった。彼は保守本流派閥ではない清和会に属し、以来、自民党はこの派閥が主導権を握り続けた。その流れを断つきっかけとなったのが菅義偉の退陣だった。岸田文雄に交代したことで、保守本流の宏池会が久しぶりに政権派閥に返り咲いた。安倍晋三が凶弾に倒れ、清和会の弱体化は一気に進んだ。

 それは「小さな政府」路線の終わりを意味した。維新の会が以前あれほどいがみ合っていた立憲と共闘を始めたのも、同じ意味を持つ。維新は小さな政府路線を鮮明にすることで議席を伸ばしてきたが、これから先それを続けるのは困難と踏んで、「大きな政府」路線の立憲に接近せざるを得なくなったと推察される。

30代 「大きな政府」に対しては「バラマキ」とか「自立を妨げる」とか「企業の競争力を低下させる」といった根強い批判がある。

年金 そのわけを、少し遠回りして富の交換ということから考えてみる。たとえば、SNS上での「いいね」のやり取りは、文化人類学でいう「互酬」にあたる。互酬は贈与と返礼の連鎖から成り、商品の交換とも違うし、富の再分配とも異なる交換様式のひとつだ。それは国家が誕生する以前の氏族社会で支配的だった古いシステムだが、ウェブ世界がそれを再活性化させている。

 「いいね」は英語では「ライク」だ。前者はほめ言葉、後者は好意の伝達という違いがある。ほめ言葉を「称賛の贈与」と考えれば、好意の伝達のほうはそうした意味合いが薄い。むしろ「私にも好意を持ってほしい」という「贈与の要求」を含んでいる。サルトルの言葉を借りれば、愛とは愛されたいと望むことだからだ。

 だとすると、「いいね」は「ライク」にくらべて互酬性の原理がずっと強く働いていると考えることができる。これは日本人のメンタリティーに合致する。互酬性の原理のもとでは、何かをもらったら、お返しをしないではいられない気持ちに駆られる。人に迷惑をかけること、他人に借りをつくることを嫌う日本人の特性は、その原理に由来すると考えれば理解しやすい。

30代 互酬なんて遠い昔の社会のことだろう。

年金 それが支配的な交換のシステムだったのは氏族社会であり、日本では縄文時代がそれにあたる。池田信夫はこの時代が1万年も続いたために、その文化的な遺伝子が継承されて今に至っているという見方をしている(「統一教会騒動で家畜化する日本人」、10月15日アゴラチャンネル)。

 氏族社会は国家が誕生する以前の社会であり、したがって、国家による富の再分配はまだ行われていない。生活保護をうしろめたいことのように感じ、ときには受給者に冷たい態度を取る日本人が少なくないのは、再分配のない互酬の文化的な遺伝子が機能しているからだという推定が成り立つ。互酬の原理からみれば、生活保護は受ける側が国家から贈与を受けるだけで、返礼ができない。返礼なき贈与は負い目であり、負債であり、耐えがたいものとなる。

 アメリカのピューリサーチセンターの調査(2007年)によると、「国は貧しい人々の面倒を見るべきだ」という考えに同意すると答えた人は、イギリス91%、中国90%、韓国87%、アメリカ70%だったのに対し、日本は47カ国中、最低の59%だったという。これは日本人が薄情だということを必ずしも意味しない。そのメンタリティーの多くの部分を互酬性の原理が支配し、そのぶん国家による富の再分配を好まないことが、冷たく見える理由と思われる。