ニュース日記 851 終わらない戦争と進行するインフレ

 

30代フリーター やあ、ジイさん。ロシアがウクライナとの戦争で核を使うのではないか、中国が台湾の武力統一に踏み切るのではないか、というのが世界の安全保障上の2大懸念になっている。

年金生活者 プーチンが核を使うとすれば、使う可能性が薄れたとの観測が広がったときかもしれない。ウクライナに攻め入ったときも、「侵攻はしないのではないか」という見方が広がっていた。「逆張り」の効果を狙うのがプーチンのやり方だ。

30代 その「逆張り」に失敗して、いまウクライナ軍の反転攻勢にさらされている。

年金 「逆張り」が思い通りの成果をあげられなかったのは、攻撃が手ぬるかったからで、核なら容赦のない打撃を与えることができる。プーチンはそう考える可能性が高い。人間は何かに失敗すると、やり方が悪かったからだと考え、今度こそうまくやろうと、同じことを繰り返す。

 プーチンのウクライナ侵略を「逆張り」と呼んだのは、世界の戦争の「本流」が東西冷戦以降、破壊を競い合う「熱い戦争」「流血の戦争」から、抑止力を競い合う「冷たい戦争」「無血の戦争」に移ったからだ。それがあるから、世界中がロシアの侵攻に衝撃を受けた。予想を覆しての電撃的な作戦に、首都陥落、全土制圧は時間の問題のような見方がなされた。

30代 勝手な「逆張り」のせいで、世界の戦争の「本流」は「流血の戦争」に逆戻りしてしまったように見える。

年金 ウクライナがロシアを押し返すことができたのは、結束した国民を西側諸国が大量の武器の援助と大規模な経済制裁であと押しし続けているからだ。それはこの戦争が西側諸国にとっては依然として「冷たい戦争」「無血の戦争」であり続けていることを意味する。蓄積された「抑止力」が武器援助を可能にし、リアルな武器と化した「経済力」が制裁を可能にしている。世界の戦争の「本流」は元には戻っていない。

30代 先日の朝日新聞は朝刊1面に「台湾有事 直面する懸念」の見出しを、続く2面には「台湾も尖閣も 二正面の防衛シナリオ」の見出しをそれぞれ掲げ、「安保の行方」と題した特集を組んでいた(10月16日)。

年金 いま日米両国は中国を相手に「抑止力」と「経済力」と「情報力」を競い合う「無血の戦争」のさなかにあり、こういう報道自体が、朝日新聞の意図とは別に、対中国の情報戦の一環をなしていることを押さえておく必要がある。

 ロシアのウクライナ侵略によって、中国による台湾の武力統一の可能性が高まったとの指摘がしきりになされた。しかし、台湾をウクライナになぞらえるのは危うい。ロシアの侵略を許したのは、アメリカがロシアを中国ほど重視してこなかったことが大きな要因のひとつと考えられるからだ。

 もしアメリカがウクライナのNATO加盟問題などをめぐって、ロシアのメンツが立つような緻密な外交を展開していたら、侵略を踏みとどまらせることができたかもしれない。それをしなかったのは東西冷戦の敗者に対するあなどりがあったからと推察される。

30代 侵攻開始の少し前からアメリカは侵攻必至の情報を発信していた。

年金 「あなどり」はふた通り想定される。ひとつは、ロシアはそんなに機嫌を取らなくても、代償の大きい侵略には踏み切れないだろうという油断であり、もうひとつは、侵略に踏み切ればロシアを弱らせるチャンスとなるかもしれないという思惑だ。

 中国に対してはそんな「あなどり」をアメリカは持つことができないはずだ。侵略にともなう大きな代償を負担する力は中国のほうがロシアよりはるかに大きい。台湾に侵攻した中国に武力を行使したとしても、中国はアメリカが安心できるほど衰退することはあり得ないし、アメリカ自身が体力を消耗する。

 おそらくアメリカは中国のメンツをつぶさないように振る舞うと同時に、自らも向こうにあなどられないようにする緻密なかけ引きを水面下で展開しているはずだ。それが中国の台湾侵攻の強いブレーキになっていると考えることができる。

30代 核使用や台湾有事が避けられたとしても、世界を覆う物価高、インフレは止まらない。

年金 ロシアのウクライナ侵略が加速するインフレは戦争が終われば収まるわけではない。長期化するアメリカと中国との「無血の戦争」がインフレを常態化する。

 長谷川慶太郎は、戦争がインフレを引き起こし、平和がデフレを導くと指摘し、東西冷戦のあいだインフレが常態化していた世界経済は冷戦の終結とともにデフレ基調に転じた、と断じた。

 戦争がインフレを引き起こすのは、国家が武器をそろえたりするために財政支出をして需要を喚起するからだ。デフレになると、企業は需要の喚起を国家に頼れなくなり、自らそれを創出するために絶え間ないイノベーションを続けなければならない。長谷川はデフレを「売り手に地獄、買い手に極楽」という言葉で言い表した。

それが今は「売り手に極楽、買い手に地獄」へと逆転した。極楽を享受する企業はイノベーションの努力をしなくなり、富は増えなくなる。買い手は物価高地獄の入り口に立たされた。