ニュース日記 846 女性たちはゆとりを失っているのか
30代フリーター やあ、ジイさん。女性たちがゆとりを失っているのではないか。とりわけ若い女性が。街路や駅やショッピングモールなどですれ違いざまに一瞬目にする彼女たちの視線は「クソッ」とでも言いたげな怒りを含んでいるように見えることがある。
年金生活者 こんなツイートを目にした。国立社会保障・人口問題研究所が実施している「出生動向基本調査」によると、女性が考える結婚の利点は「自分の子どもや家族をもてる」「愛情を感じている人と暮らせる」「精神的な安らぎの場が得られる」が減り、「経済的に余裕がもてる」「社会的信用」「生活上便利」が増える傾向にある。それは女性が自己中心的な損得で結婚を考えるようになったからだという指摘だ。
もしそのとおりだとすれば、それだけ女性が追い詰められ、他を顧みるゆとりを失っていることを意味する。人はだれでも追い詰められると自分のことしか考えられなくなる。
30代 どんなぐあいに追い詰められているんだ。
年金 3方向から追い詰められているはずだ。そのわけを説明するには女性性というものが3つの要素から成り立っていることに触れておかなければならない。
要素のひとつは母としての女性性であり、もうひとつは娘としての女性性、そして姉妹としての女性性だ。これらは実際に子を持っているかどうか、親が実在しているかどうか、きょうだいがいるかどうかとは関係なく想定し得る。
それらの女性性が今いずれも困難に直面している。母としての女性性は子育ての大変さに、娘としての女性性は世のオヤジたちの無理解に、そして姉妹としての女性性は仕事上の処遇をめぐる差別に、それぞれ追い詰められていると考えることができる。
子育てでは仕事との両立という、これまでの男性にはなかった課題を背負わされている。さらに現代の子育てはお受験という言葉に象徴されるようにかつてとは比較にならない費用が教育にかかる。
オヤジたちの無理解はいつセクハラやパワハラとなって襲いかかるかもしれないという警戒を解くことができない。
姉妹としての女性、中でも若い女性にとって、兄弟に相当するのが職場の若い男性たちだ。彼らはオヤジ世代のように女性を見下す態度を示すことはないだろう。しかし、女性の管理職が圧倒的に少ない現実は平等の不在を示している
30代 昔はもっとひどかった。今はだいぶよくなったのではないか。ゆとりがなくなるどころか、増えているはずだ。そんな異議が聞こえてきそうだ。
年金 昔と今ではそれを測る物差しがまるで違う。女性への処遇のあるべきレベルが今はずっと上がっている。それに達しない現実は女性にとって昔よりもきつい桎梏として感じられているはずだ。
背景にはジェンダーフリーの思想の普及、浸透がある。もしそれがなかったら、女性たちはそれほど追い詰められているという感じを持たなかっただろう。しかし、それはジェンダーフリーの思想を放棄したほうがいいということを意味しないのは断るまでもない。
30代 女性性について言えることは男性性にも言えそうだ。
年金 男性は女性に対して、母か姉妹か娘のいずれかにかかわるようにしかかかわれない。母に対しては愛と憎しみが、姉妹に対しては共感と怒りが、娘に対しては喜びと悲しみが、男性の感情の山と谷を形づくる。そしてふだんはそのいずれでもないニュートラルな感情が平地を形成している。
息子としての男性は、自分を母胎の楽園からこの世界の荒れ野に追放した母を憎む。だが、その荒れ野で再会した母から全面的な庇護を受けることによって彼女を愛するようになる。
兄弟としての男性は姉妹と結束して親に対抗する。共感がその接着剤となる。他方で、親をめぐって反目し、怒りをぶつけ合う。
父としての男性は、娘の誕生を妖精との出会いのように喜び、かつて暮らしたことのある母胎の楽園からの使者のように迎える。だが、彼女はやがて自分以外の男性のもとへと去っていき、悲しみをもたらす存在ともなる。
30代 そんな女性たちに男性はどう向き合えばいいんだ。
年金 村上春樹は自らの作品の中の女性を3つのタイプに分類している。長編『1Q84』の登場人物で言えば、第1のタイプは「ふかえり」のように、男性を導く巫女的な女性だ。第2のタイプは自立した女性で、作品では女性の主人公の「青豆」に代表される。そして第3は男性の主人公のガールフレンドのように男性の前から消えていく女性だ。
私の解釈では、第1のタイプの巫女的な女性は、息子を導く母としての女性であり、第2のタイプの自立した女性は、兄弟と対等な姉妹としての女性に相当する。そして第3の消え去る女性は、父のもとを去って他の男性のもとへ向かう娘としての女性だ。
たぶん男性が女性に対して覚えるすべての感情は、いずれもこの3つのタイプの女性のうちどれかのタイプの女性との間で生じる感情に分類できる。女性との関係に悩んだり苦しんだりしているとき、その感情がどのタイプに属するか知ることは、その辛さに耐えやすくしてくれるはずだ。