ニュース日記 843 安倍流政治

 

30代フリーター やあ、ジイさん。安倍晋三ほど評価が分かれた首相は珍しい。「国葬」問題であらためて感じた。

年金生活者 私が最後まで安倍晋三に好感を持てなかったのは、自分に似たところがあったからかもしれない。理念にこだわる、批判されると仕返ししたくなる、人の機嫌を取りたがる、といった点だ。

 小さな違いは、どの点でも安倍のほうが私よりは徹底していたことであり、大きな違いは彼がそれらの特性を歴代最長の政権につなげることのできる環境の中にいたことだ。

30代 池田信夫が安倍を評して「日本には珍しい『グランドデザイン』をもつ政治家だった」と書いている(「今こそ安倍晋三氏の『反共』の理念が必要だ」、アゴラ、8月15日)。その具体化のひとつがQUAD(日米豪印戦略対話)だと。

年金 「グランドデザイン」は理念を持っていなければ描けない。右派ナショナリストとしてのおのれを鮮明にしていた安倍晋三はその意味でわが国には数少ない理念の政治家だった。QUADは「自由で開かれたインド太平洋」のスローガンのもとに安倍が提唱して実現した。それは中国に対抗する彼の右派的な理念なしには発想されなかっただろう。

 彼が理念にこだわる政治家になったのは、祖父・岸信介の影響だ。岸もまた理念の官僚、理念の政治家だった。戦前は北一輝、大川周明に傾倒して国粋主義的な考えを持ち、商工官僚時代にはその理念のもとに計画経済を採り入れた満州の「グランドデザイン」を描いて実行に移した。戦後は対米自立を目指して、自主憲法制定を党是とする自民党の結成に参画し、片務的な日米安保条約の改定を強行した。

 対米自立志向は安倍にもみられ、集団的自衛権の行使の一部容認は対等な日米関係へのステップとして位置づけられた。

30代 それは憲法9条の非戦・非武装の理念を棄損した。

年金 それを許したのは、安倍の理念と「グランドデザイン」に対抗し、それを凌駕し得る理念と「グランドデザイン」、すなわち9条にもとづく外交と安全保障の構想を、野党もリベラル派も左派も構築してこなかったからだ。自民党が次々と繰り出す反憲法的、反9条的な政策にただ反対することに終始したからだ。

30代 安倍を「人たらし」と評価する声もある。

年金 彼は相手の機嫌を取っていい気分にさせ、事実上の主導権を握るのを得意とした。それがいちばんきわだったのがトランプに対してだった。アメリカ第一を掲げ、欧州の西側諸国の中で孤立しそうだったトランプの当選が決まると、すかさず訪米して祝意を伝えた。その腰の軽さに新米政治家は気をよくし、何かと助け舟を出してくれそうな安倍に頼る気を起こしたと推察される。

 安倍が自分の提唱したQUADを軌道に乗せることができたのも、超大国のトップの信頼(依頼心?)を相当程度まで取りつけていたからと推察することができる。

30代 「外交の安倍」というが、彼のは外交ではなく「社交」だ、といった皮肉を聞くことがあった。

年金 よく言えば、ふだんの「社交」で身に着けた「人たらし」の術を、世界を舞台にした外交に応用したということができる。たぶん日本の歴代首相でそんな芸当をやった人物はいない。

 彼の社交術は選挙戦で自陣営の結束をはかるのに大きな貢献をしたに違いない。物おじせずにだれのふところにも飛び込んでいく性格は、たいていの日本人が近づくのに二の足を踏みそうな旧統一教会とも深い関係を築いたことにもあらわれている。祖父以来の縁があったことを差し引いてもそう言えそうだ。

 身近な場での社交と広い舞台での外交は別物だというのが常識だろう。その常識から導き出されるのは、国内の選挙に強くても、対外的に成功するとは限らない、という考えだ。ところが、安倍はその常識を臆面もなくひっくり返した。その意味では日本外交のイノベーションを進めたと言える。

30代 国会答弁でよく野党にかみついたのも歴代首相では珍しい。

年金 彼は自分が批判されること自体が我慢ならない。批判自体を認めない。反批判をして論争をしようという気は毛頭ない。だから、批判の中身に応答せず、批判を封じ込めようとする言葉を吐く。

 その典型的なのが「私や妻が関係していたということになれば、総理大臣も国会議員もやめる」だ。ほかに「そういうのを印象操作というんですよ」「侮辱するような言辞は止めて頂きたい」というのもあった。論理的に応答する自信のないことを告白しているような言い方と言っていい。

 批判者に論争ではなくけんか腰で応じる彼の特性は、選挙戦で力を発揮し、国政選挙6連勝につながった。敵を設定し、それと闘う姿勢を鮮明にすることで、味方の結束を固める。「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と。

 安倍にくらべれば麻生太郎は論争を嫌がらなかった。参院の財政金融委員会などで共産党の大門実紀史と交わした経済政策をめぐる論戦は「名物」になり、エコノミストも注目したと伝えられる。同じぼんぼんでも、麻生は安倍よりはるかに知的なしたたかさを備えているように見える。