がらがら橋日記 黒猫
草取りや水遣りに通っているTさん宅の庭には猫が五六匹か、それよりもっといる。餌をやっているだけで飼ってはいない、というのがTさんの言い分だが、縁の下と庭を住処としており、飼っているのとどこがちがうのかよくわからない。母猫とその子どもたちのように見えるが、実数も実態も不明だ。母猫は全身が薄茶色の縞模様だが、子どもたちは実に多様で、白、黒、茶に毛の長短それぞれに異なっている。
ぼくが水遣りに回ると、トレーに頭を突っ込んでキャットフードを食べていたり、通り道の真ん中で母親が横になって四匹いっぺんに授乳していたりする。ぼくの姿を認めると、慌てて縁の下に逃げ込むので何だか悪いことをした気持ちになる。
「どんどん増えていきますしね、ご近所の目もあるので、止めようと思っているんですが。」
Tさんは何度かぼくにそう言ったが、餌トレーが空になっていたことはなく、猫が残したフードをスズメバチが漁っていたりする。
猫の性格や性質が個体でどれほど違うものかわからないが、子猫のうちの一匹が、際だって異なっていた。他の猫はぼくを見るとビクッとして重心を下げ、警戒心をあらわにするのだが、全身黒のそいつは、全く警戒しないどころか、通ううちにぼくに付いて歩くようになった。水遣りをしているとクネクネと動くホースに飛びかかったり、猫パンチを浴びせたりする。草取りをしていると、揺れる草の先が遊び相手になる。取った草を入れようと手箕を引き寄せると中で横になっている。ぼくの持ち物やすることが珍しくてしかたないらしい。たまに見かけないときは、
「あれっ、今日はアシスタントがいませんね。」
と言うと、Tさん夫妻もどの猫のことか分かっていていっしょに目で探してくれたりするのだった。
Tさんが庭に日よけのテントを立てるというので、二人で作業したときは、シートを張ったりペグを打ったりするそばで興味深そうに見ていたが、仕上げに取りかかるとすぐそばのぼくの背丈ほどの切り株にするすると上り、上から出来映えを観察していた。
「監督、いかがでしょうか。」
と黒に声をかけたら、Tさんが声を上げて笑った。
これほどに恐れを知らず、賢く、好奇心が肉体を得たかのような猫をぼくは知らない。大変な逸材に違いなく、ぼくは無事に成長するのを願ったのだが、どの猫よりも先に姿を消してしまった。目やにをためてどことなく元気がないように見えたのが最後だった。その日もウクライナで幼い子どもの犠牲が報じられたが、なぜかそれがいつもよりひどくこたえた。