ニュース日記 842 統一教会の衝撃
30代フリーター やあ、ジイさん。山上徹也はなぜ安倍晋三を狙ったんだ。旧統一教会に深い恨みがあったとしても、そこと結びつきがあったというだけで殺すだろうか。
年金生活者 彼の犯行は、自分から母を奪った父に殺意を抱く男児のエディプス・コンプレックスを40年近く遅れて経験し、その末の凶行と見ることができる。
フロイトが想定したエディプス・コンプレックスは3~6歳のときに起きる無意識の心的過程とされる。山上がこの年齢にあたる4歳のとき、彼の父は自殺した。山上は殺意を抱く対象を失った。不在となった現実の父に代わる象徴的な父として現れたのが母ののめり込んだ旧統一教会だった。
その象徴的な父は山上から母を引き離したばかりでなく、多額の献金をさせて破産に追い込み、山上の生活を困窮させた。通常、エディプス・コンプレックスの過程で母と男児の仲を裂こうとする父は、やがて男児の模範となることで子の殺意を鎮める。だが、山上の象徴的な父となった教団は母子の生活を破綻させ、山上の模範になる余地はなかった。彼の殺意は消えるどころか強化された。
象徴的な父の具体像は教団トップの文鮮明として意識され、具体的な殺害の対象となったはずだ。だが、文は死に、殺意はその後継者である妻の韓鶴子に向けられた。ところが、教団のガードが固く、犯行をあきらめざるを得なかった。
30代 それで標的を安倍晋三に替えたのは飛躍のし過ぎだろう。
年金 安倍が韓をたたえるビデオメッセージを教団の「友好団体」の集会に寄せたのを知った山上は彼に象徴的な父の像を見たに違いない。それまで恨みを抱いたことのない元首相に殺意を覚えた理由がそこにある。長いあいだ探し求めていた、殺すべき父にやっと巡り会えたと山上は確信したに違いない。
30代 時事通信の世論調査では、安倍晋三の「国葬」に反対が47・3%で、賛成は30・5%。旧統一教会と政治家の関わりについて実態解明が「必要」が77・3%にのぼっている。銃撃事件のあと次々と表面化した安倍ら自民党国会議員と旧統一教会の関係が国民に与えた不信感は予想外に大きい。
年金 自民党と旧統一教会の関係の暴露は、小泉政権のときに閣僚や与野党の国会議員らの国民年金未納・未加入が相次いで明らかになった問題と似たところがある。政治家の側の違法性は存在しないか、あるいは軽微にとどまっているが、倫理性を厳しく問われる問題となり、しかも人数が少数にとどまらない点で両者は共通している。未納・未加入が明らかになった当時の官房長官は辞職しており、統一教会問題でも国民は政治家たちを簡単には見逃さないだろう。
30代 教団のほうは霊感商法など違法なことをしていても、議員の側は法に反するようなことはしていない。それをいつまでも追及するのは、違法でないことを長期にわたって騒いだモリカケの二の舞になるだけだという批判もある。
年金 国民の受け止め方はまるで違う。そこにはけがれを潔癖に排除する日本人の古代以来の伝統的なメンタリティーが働いていると思われる。
芸能人が反社会的勢力と少しでも接触すると、本人は違法なことをしていなくても、それと同等のようにみなされ、たちまち仕事から排除されるのは、悪い者と接触した者は同じように悪い者になるという、日本人のけがれを拒絶する思想、心理学的に言えば「日本人の強迫的な性格」(心療内科医・河野友信)が大きな要因のひとつになっていると考えられる。
旧統一教会と議員との関係について言えば、議員が教団の広告塔の役割を果たし、霊感商法や献金の強要などの被害を拡大する結果になるという論理的な予測をする以前に、関わること自体、接触それ自体が議員を悪い存在にしてしまうという直感的な判断を国民はしていると推察される。それに理屈で反論するのは難しい。自民党には相当なダメージとなるだろう。
30代 自民党は「もうかかわりません」と言って逃げ切るのではないか。
年金 けがれを排する日本人のメンタリティーは新型コロナをめぐってもあらわになった。感染症の専門家が、コロナは風邪と大差がなく、屋外ではマスクを外してもかまわないと言っているのに、いまもなおほとんどの国民がマスクを着けて外を歩き、発熱外来には無症状や軽症でも訪れる人が絶えない。そこまでコロナを恐れるのは、科学的な理由よりも非科学的な理由、すなわちけがれをいとう宗教的な理由によると考えるほかない。
けがれの観念には罪の観念が含まれている。旧統一教会は霊感商法など違法行為を重ねたカルトとされているが、安倍自身が同種の違法行為をしたり、そそのかしたり、手伝ったりしたわけではない。それなのに、教団と関係しただけで、あたかも同じ罪を犯したかのようにみなされ、「国葬」に値しないと過半の国民に認定されたことになる。けがれはけがれたものと接触しただけで伝染し、同じ罪を背負うと考える古代的な心性が働いた結果と考えるほかない。これは当分のあいだ岸田政権を呪いのように脅かし続ける可能性がある。