ニュース日記 833 9条の威力をあなどってはならない

 

30代フリーター やあ、ジイさん。佐藤武嗣という朝日新聞の編集委員が「空文化する『専守防衛』」と題した解説記事で、岸田政権や自民党が「専守防衛」の看板を掲げたまま「敵基地攻撃能力」の保有を目指しているのは「国民を欺くような手法」と批判していた(5月30日朝刊)。

年金生活者 たとえ「空文化」した看板であっても下ろさないでいるのは、「国民を欺く」ためという以上に、看板そのものが他国に対する一種の「抑止力」として働くことを期待しているからだと推察される。

 「専守防衛」は負けてから白旗を上げる代わりに、戦う前にあらかじめ白旗をあげておき、もし他国が攻めてきたら、白旗を下ろして自衛権行使の戦いを始めるという、通常の逆を行く戦略だ。

 白旗を上げている相手を攻撃するのは罪悪感をともない、他国から非難もされる。たいていの国はそんな相手を攻撃するのを控える。そこには目に見えない「抑止力」が働いているとみなすことができる。それでもまれに攻撃してくる国があるかもしれない。そのときに備えているのが自衛隊と日米同盟という、目に見える抑止力だ。

 「専守防衛」のもとになっている憲法9条を私は赤ん坊にたとえて考えてきた。赤ん坊は争う気も、その力もない。その無垢さ、無力さを前にしたとき、ふだん粗暴な人間も「この子だけは傷つけてはいけない」と、守ろうとするだろう。だが、まれに危害を加えようとする者はいる。それを阻んでいるのが親や周りの大人の力だ。自衛隊と日米同盟はそれに相当する。

30代 日米首脳会談の結果をめぐって朝日新聞の社説が「単に追随するだけではない、日本自身の主体的な対中政策が問われている」と書いていた(5月24日朝刊)。

年金 では、なぜ書かないのか。日本が「主体的」に振る舞うには、外交・安全保障の基軸を日米同盟にではなく、憲法9条に置かなければならない、と。

 日米同盟と9条はこれまでワンセットの存在としと扱われてきた。どちらが主でどちらが従かという観点から見るなら、日米同盟は9条の「非戦」という目的を達成するための手段の位置にあり、主はあくまでも9条だ。そこからおのずから導かれる外交・安保の基軸は、日米同盟ではなく9条ということになる。

 それを実行に移すことができれば、日本政府は自国の不利益になるようなアメリカの要求を押し返す力、沖縄の過重な基地負担の解消や不平等な日米地位協定の改正に向けて交渉する力を手にすることができるはずだ。政治家やその集団の「主体的」な実行力を担保するのは確固とした理念であり、わが国が世界にアピールし得るほとんど唯一といっていい国家理念は9条の非戦・非武装の理念だからだ。

30代 そんなことができる情勢にはほど遠い。朝日新聞の世論調査では、岸田内閣の支持率は59%と、政権発足以来最高で、他方「野党に期待できない」は80%にも及ぶ(5月23日朝刊)。

年金 あり得ない想定として、野党第1党の立憲民主党を中心とした連立政権ができたと仮定してみる。内政も外交も自民党と大差のない政策を自民党より下手くそにやるだけだろう、と国民は思うに違いない。

 岸田政権の内政の基本は財政赤字を増やして需要を喚起する「大きな政府」路線だ。「新しい資本主義」という看板を掲げていても、中身は従来からある政策のひとつだ。それがいま世界の潮流になっていて、岸田政権もそれに乗ったという以上の意味はない。

 立憲民主党も基本路線は「大きな政府」であり、万が一にも政権を取ったとしても、骨組みにおいて岸田政権と明瞭な違いのある政策を打ち出すことは考えられない。不慣れなぶんだけもたつくのが自民党とのいちばん大きな違いということになりかねない。

 外交は「緊密で対等な日米同盟」を掲げて政権交代を果たした旧民主党の路線から外れるはずもなく、自民党政権との違いは程度の差にとどまるだろう。独自性を出そうとすれば、鳩山政権のように霞が関の激しい抵抗に遭って公約破りをするはめになり、もたつくくらいでは済まなくなる。

30代 だれの目にも明らかなのは、この党には実行力が欠けているということだ。

年金 それは経験不足だけから来ているのではない。国民に届く確固とした理念を持っていないことがそれに劣らず大きい。

 旧民主党にはまだそれらしいものがあった。小沢一郎が唱え続けた「国民の生活が第一」にそれが表現されている。立憲民主党はその看板さえなくした。もしこの党が本気でそれを掲げるなら、岸田政権と同じ「大きな政府」路線をとるにしても、いろんな場面で自民党を凌駕する可能性がある。

 外交の基本として立憲が掲げる「健全な日米同盟」は旧民主党の「緊密で対等な日米同盟」にくらべてあいまいであり、自民党政権以上に対米追随に陥る恐れさえ感じる。それを乗り超えるには外交・安保の基軸を日米同盟から憲法9条に移す以外にない。沖縄に在日米軍施設の7割が集中し、治外法権的な日米地位協定が改められない日米同盟の「不健全」を「健全」に変えるにはそれが不可欠だ。