人生の誰彼 9 何故

 

 ネットビデオで『超高速!参勤交代リターンズ』を見ていたら、渡辺裕之さんが尾張柳生の手練れの役で出演されていました。敵ながら天晴れな役柄で、登場するだけで場面に緊張感が走る素晴らしい存在感を見せてくれました。この屈強な男がもうこの世に存在しないなどとは、とても信じられぬ思いです。驚きも冷めやらぬころ、続いて上島竜兵さんの訃報が届きました。人の心はわからぬとはいえ、何故、どうして?という戸惑いが尽きません。

 あれは、ちょうど十年前の今時分のことでした。あと一時間ほどで仕事が退けるという頃、携帯電話に親戚の老爺がお世話になっている高齢者施設からの着信が入りました。その二年前の入所の折に、私は彼の身元保証人を引き受けていたのです。もちろん嫌な予感しかありませんでした。電話に出ると案の定『○○さんが施設内でトラブルを起こし、興奮していて手が付けられない。早く来て欲しい』との急報でした。

 女性の職員さんの声は逼迫しており尋常でないことは容易に察することができました。慌てて仕事を切り上げて出雲市にある施設に車で駆けつけると、老爺はまだ興奮状態にあり、園長さんに鬼の形相で罵詈雑言を浴びせている最中でした。どうやら他の入所者さんと揉め事を起こした上に手を出してしまい、咎めた職員の方達に逆ギレしたらしいのです。

 そんな彼の異様で身勝手な態度に園長さんも酷く憤っており、身元保証人といえど如何ともしがたく、とりあえず近くにある私の両親が暮らす実家に連れて帰ることにしました。ですがいつまでも実家に置いておくわけにもいきません。幸い翌日、園長さんから『今回は謝ってもらえれば許します』という連絡を貰い、施設へ帰ることを頑なに嫌がる老爺を何とかなだめすかして、週明けの月曜日に二人で謝罪に行く約束を交わすことができました。ただ私は、そのとき彼が見せた不敵な笑みに得体の知れぬ不安を覚えたのです。

 月曜の朝、老爺は寝泊りしていた実家の離れで首を縊りました。私はこの結末に到った彼の心中を察してみようと試みましたが、想像を超えた真っ黒い穴に引き込まれそうになり、怖くなって慌てて我に戻りました。あの時の例えようのない後味の悪さは、十年経った今でも心の底に滞ったままです。