ニュース日記 824 2度目の崩壊の始まりか

 

30代フリーター やあ、ジイさん。ロシアがウクライナを侵略した最大の理由は反体制派を抑え込めないプーチンの統治権力の危機にある、と三上治が指摘している(「テント日誌」2月25日)。戦争はナショナリズムを呼び起こし、一時的に統治権力を強めることができるからだ、と。

年金生活者 戦争が大きな代償を強いることをわかっていながら、プーチンがそれを選んだのは、そうしないと自分の命が危なくなると考えていたと推察するほかない。自らの築いた独裁体制が盤石のものではなく、むしろ揺らぎだしており、放置すれば崩壊して自分が処刑される恐れさえあると考えているのではないか。それを阻止するには、独裁体制のねじを締め直す必要があり、そのために戦争によってナショナリズムをあおり、自分への支持を一気に高めようとしたと考えられる。

30代 プーチンの独裁は習近平の独裁と並ぶ世界の2大独裁体制だ。

年金 習の独裁も盤石とは言えないが、プーチンの独裁よりはまだ安定している。その理由は世界第2位のGDPにある。それが国民に経済的な自由を供給し、政治的な不自由を埋め合わせている。中国国民がいま何がなんでも独裁を排除したいと考えていないと推測できる理由がそこにある。

 ロシアの経済力は中国にはるか及ばない。国民に中国ほどの経済的自由を与えることができない。中国ほどの政治的不自由を国民に強いれば、不満が爆発しかねないので、限られた政治的な自由を許容している。それが反体制派を出現させ、反戦デモを誘う結果となっている。プーチンは中国がよく使っていると思われる手口、すなわちそれが存在しないかのように封じ込めるやり方ができず、暗殺や警察による弾圧で臨むしかない。

30代 プーチンはソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的大惨事」と呼んだと伝えられている。

年金 もっとうまくやっていれば「大惨事」は防げたのに、と言いたがっているように思える。つまり「崩壊」は失敗だったが、ソ連そのものが失敗だったのではないというメッセージだ。

 だから、彼は「もっとうまくやって」ロシアをソ連のような帝国として再興したいと考え、「うまくやる」ための修正を施した。それが統制経済から市場経済への移行だ。だが、強権的、独裁的な統治権力のあり方はソ連のそれを引き継いだ。つまりソ連が崩壊した最大の要因を引き継いだ。プーチン独裁が同じ失敗の危機をはらむのは必然だったと言える。

 人間も社会も同じ失敗を繰り返しやすい。今度はうまくやろう、と同じことをやってしまうからだ。失敗の理由は「うまくやらなかった」ことにあるのではなく、「やった」ことそれ自体にあるのに、それを認めようとしない。ソ連崩壊に続くロシアの崩壊が始まるかもしれない。

30代 この戦争を満州事変になぞらえる見方がある。ともに傀儡政権の樹立を狙った侵略戦争である点で共通している。

年金 違いは今のロシアが当時の日本より苦しいだろうということだ。

 満州事変当時の大日本帝国は国際社会の反発を買ったが、今のロシアのように経済制裁を受けることはなかった。また反戦デモの行われたロシアと違って、日本国民は関東軍を積極的に支持した。だからこそ、アメリカに敗北するまで約15年もの間、侵略戦争を続けることができた。

 現在のロシアはそんな長期にわたる戦争に耐えることはできない。国際社会からは大規模な制裁を受け、国内では国民が政府不信を募らせつつあるからだ。ATMの前に、ルーブルではなく外貨を引き出そうとする人の長い列ができたことがそれを物語っている。

 満州事変当時と現在の世界との大きな違いは、資本主義の高度化とともに、国家から個人、企業(市場)、そして国連など国家間システムへの権力の分散が進んだことにある。消費の過剰化が個人への、産業のソフト化が企業(市場)への、そして資本のグローバル化が国家間システムへの権力の分散を駆動した。いまプーチン政権を苦しめているのは、分散した権力を手にして国家への発言力を増したこれら3者からの圧力だ。個人はデモやルーブル不信でプーチンの足もとを脅かし、企業はロシアでの事業を停止し、国家間システムは経済制裁を強化している。

30代 プーチンの侵略戦争は、万が一にも日本が他国から侵略されたらどうするのかという問いをあらためて突きつけた。

年金 どこかの元大統領の口ぐせを真似て言えば、あらゆる選択肢がテーブルの上にあると言うほかない。武器になりそうなものをかき集め、ひとりであるいはだれかと一緒に侵略軍に抵抗する。さっさと降参して侵略者に面従腹背する。自衛隊と米軍に期待して事態の好転を待つ。どこでもいいから少しでも安全そうなところへ逃げる。ガンジーのような非暴力・不服従を貫く……。

 今はまだテーブルの上にある様々な選択肢は、侵略が始まってしまえば自由に選べなくなるだろう。そのときの状況と国民それぞれの状態によってどれかを選択することを否応なく強いられるだろう。それがどれになるか、私自身を含め予測するのは難しい。