ニュース日記 821 憲法9条をもとにロシアにものを言うべきだ

 

30代フリーター やあ、ジイさん。ロシアがウクライナに侵攻する可能性は低いと言っていたジイさんの予測は見事に外れたな。

年金生活者 可能性が低いと考えたのは、世界の戦争の本流が、破壊と流血をともなう熱い戦争から、抑止力を競い合う冷たい戦争に移ったと考えていたからだ。第2次世界大戦がもたらしたおびただしい犠牲と、使えば世界を滅ぼしかねないために使えない兵器となった核兵器がこの転換を促した。

 プーチンはその「本流」を逆行することによって、軍事的に優位なポジションを手にした。みなが冷たい戦争をしているところへ、いきなり熱い戦争を持ち込み、ほとんどの国が「熱く」なれないのをいいことに、破壊と流血を広げた。

 武力は抑止力として使うことにとどめ、破壊力としては使わないのが冷たい戦争のルールだ。それを破る国が出現すれば、ルールを守っている国々はひとたまりもない。電車の中で刃物を振り回し、乗客に切りつける者は、ルールを守っている大勢の乗客をたったひとりで一時的に支配下に置くことができる。ロシアのウクライナ侵攻はそれにたとえることができる。

30代 ロシアは戦争の「本流」ではなく、「傍流」に乗った。

年金 私はその「傍流」を見ずに、「本流」だけを、つまり冷たい戦争だけ、ルールを守る側だけを見て、ロシアも「本流」には逆らえないだろうと考えていた。そう思わせる振る舞いもロシアは見せていた。

 ウクライナ東部の親ロ派支配地域を独立国として承認したのもそのひとつだ。バイデンはそれを「侵攻の始まりだ」として経済制裁を発動した。これはロシアが流血なしに流血並みの打撃を西側に与えたと認めたに等しい。クリミア併合に続くこの「無血侵攻」が、熱い戦争をしない意志のあらわれのように見えた。だが、それは逆に熱い戦争へのステップのひとつだった。

30代 ルールを破ることで利得を手にするプーチンのやり方が通るなら、世界の戦争の「本流」は熱い戦争に逆戻りするのではないか。経済制裁を科すことはできても、侵攻そのものを止められなかったアメリカをはじめとした西側諸国の姿を見ていると、そんな悲観へと誘われそうになる。

年金 西側は「本流」のルール、武力を破壊力として使わないというルールを守ったがゆえに、ロシアの侵攻を物理的に止めることができなかった。彼らがルールを守ったのは崇高な理念からだけではない。超大国のアメリカがアフガニスタン戦争、イラク戦争で泥沼にはまり、熱い戦争を遂行する力を大幅に削がれたことが大きな要因となっている。

 だとしたら、アメリカがかつてと変わらない強硬姿勢を貫いてウクライナに兵を送り、侵攻するロシアを迎え撃っていたほうがよかったのだろうか。だが、そうなれば、現在以上の破壊と流血と犠牲がウクライナを襲うだろう。アメリカの軍事的な力の低下が、熱い戦争に加わる野蛮さを抑え、文明的な振る舞いをこの国にさせたということができる。

30代 プーチンはウクライナに親ロシア政権をつくろうとしていると見られている。

年金 それが実現すれば、アフガニスタン、イラクで親米政権をつくって反発を買い、撤退を余儀なくされたアメリカの二の舞を舞う可能性がある。

 そうなったとき、ロシアの国力、とりわけ軍事力は低下し、やがてはプーチンの独裁も危うくなる。アフガニスタン、イラクで疲弊したアメリカが、国民の反戦・厭戦意識の広がりによって戦争遂行能力を著しく低下させたように。それをつぶさに観察していたはずのプーチンはまさか同じような危険はおかさないだろうというのが私の見方だった。しかも、ソ連時代にはアフガニスタンに侵攻して疲弊し、国家崩壊に向かう要因を自らつくった経験を持つ国だ。

 だが、彼の選択は逆だった。ロシアはソ連崩壊の痛手から立ち直ったという意識が、アフガンで負った痛手も癒やしてしまったのか。1度だけの失敗ではとうてい懲りなかったのか。

 ヘーゲルがこんな言葉を残している。「そもそも国家の大変革というものは、それが二度くりかえされるとき、いわば人びとに正しいものとして公認されるようになるのです。ナポレオンが二度敗北したり、ブルボン家が二度追放されたりしたのも、その例です」(『歴史哲学講義(下)』長谷川宏訳)。プーチンはナポレオンのように2度目の敗北への道に踏み出したのかもしれない。その先にようやくロシアも世界の戦争の「本流」に乗るときがくるかもしれない。

30代 岸田文雄はプーチンに電話で「力による現状変更ではなく、外交交渉により関係国が受け入れられる解決方法を追求すべきだ」と言ったそうだが、まるで相手にされていなかったことが今度の侵攻で明らかになった。

年金 結果は同じことになるとしても、憲法9条を持つ国の首相なら、他のどの国も言えないことを強く堂々と主張できたはずだ。「私たちの国は、戦争だけでなく、武力による威嚇も、その行使も、国際紛争を解決する手段としては永久に放棄した。あなた方の国もこれを見習うよう要求する。その一歩としてただちに兵を引くべきだ」と。