ニュース日記 809 若い層ほど自民党に投票する理由

 

30代フリーター やあ、ジイさん。衆院選で自民党が負けなかったのは若年層からの「集票率」の高さが要因のひとつとなっている、と朝日新聞が報じていた(11月8日朝刊)。「集票率」というのは出口調査で比例区の投票先を「自民」と答えた人の割合を自民の支持率で割った値で、今回は全体で86%だった。これに対して、10代と20代は100%を超えている。

年金生活者 若い人たちの多くが生活に小さな不満は持っていても、苦しさは感じていない証左と言える。高度経済成長を経た私たちの社会はその程度の豊かさは実現しているからだ。いま問題になっている格差や貧困は、そうした「豊かさ」の範囲内での比較の結果であり、かつての格差や貧困のように餓死や凍死に直結するようなものではない。

 セーフティーネットの整備が進んだことばかりがその理由ではない。給料は安いが、そのぶんモノやサービスも安い。インターネットは娯楽や教養や社交の場をふんだんに提供してくれる。昔の王侯貴族でさえできなかった生活を若年層は生まれたときから享受している。

30代 上の世代だって同じ社会に生きている。

年金 上の世代は過去を知っているので、現在の生活をそれと比較して評価する。この20年間、実質賃金がほとんど上がっていない現実を身をもって経験しており、そのぶん自民党政権への評価は若年層ほど高くはならない。それでも、日銀がどれだけ金融緩和を続けても上がらない物価がそれを埋め合わせており、不満は爆発するほど高まることはない。

 団塊の世代が若かったときは全共闘の運動などが示すように、今の若者よりは反体制的、反自民党的だった。生活レベルが今ほど高くなかったこと、選択的消費ばかりでなく必需的消費もままならないことがあったことが、最大の理由と考えられる。

30代 経済の問題に行き着くわけか。

年金 もうひとつ理由をあげるとしたら、自民党政権が戦争を引き起こすのではないかという、旧世代の抱いていたような懸念を若い層は持っていないことが考えられる。

 憲法9条を書き換えて国軍を持てるようにすることを党是として立党した自民党は、ふたたび戦争を始めるつもりではないかという国民の疑念にさらされてきた。それが社会党をはじめとする反自民勢力の基盤のひとつになっていた。

 疑念のもとになっていたのは、戦争は金輪際いやだという国民の非戦意識だった。東西冷戦が始まり、朝鮮戦争が勃発し、キューバ危機が起きると、核戦争への恐怖が増し、そうした疑念がリアリティーを帯びた。戦後生まれの戦争を知らない世代も、ベトナム戦争で日本がアメリカの後方基地の役割をするようになると、やはり同様の疑念を抱いた。

30代 若い層だってそうして過去を知れば疑念を持つだろう。

年金 実際には日本は旧世代の心配をよそに戦争を始めることも、他国から攻められることもなく、現在に至っている。核という従来とは次元の異なる巨大な破壊力が3度目の世界大戦を抑止する力となったからだ。

 その結果、世界の戦争の本流は、破壊と流血をともなう熱い戦争、リアルな戦争から、抑止力を競い合う冷たい戦争、バーチャルな戦争にシフトした。現在では核戦争ばかりでなく、通常兵器による戦争も国家間ではバーチャル化が進んでいる。中国が軍拡を進めるのも、その果ての侵攻に備えて台湾がアメリカから武器を買うのも、冷たい戦争、バーチャルな戦争の一環にほかならない。

 旧世代なら、それを熱い戦争、リアルな戦争の可能性の高まりととらえるかもしれない。今の若い世代は、逆にそうした戦争を回避するために必要な措置ととらえていると推察される。だとしたら、防衛力の強化を言い続ける自民党を支持するのも不思議ではない。

30代 日本の右傾化は進む一方のように見える。

年金 若い層ほど自民党寄りの傾向があるのは必ずしもこの世代が「右傾化」していることを意味しない。自民党に一度も投票したことのない私が若かったときにくらべれば、彼らのほうがジェンダー平等やマイノリティーの尊重、地球環境への配慮などの点ではるかに進んでいて、その意味では「左傾化」しているとも言える。

 その若者たちに自民党支持が多いということは、自民党が昔にくらべて「左傾化」していることを示している。私たちのような団塊の世代、とりわけ全共闘など左翼運動にかかわった者は、当時の自民党の「反動的」なイメージを引きずっており、そうした変化が見えにくいのだと思う。実際には現在の自民党は男女共同参画とか、分配と成長の好循環とか、脱炭素とか、かつてなら「左に寄り過ぎ」と身内から批判が出そうな政策を掲げている。

 今の若者たちが見ているのはそんな自民党であり、私たちが若いときに目の当たりにした「反動的」な自民党ではない。そのぶん若い世代は自民党に投票することに抵抗を感じないはずだ。選択的夫婦別姓に反対するなど自民党はいまなお「反動的」な面を引きずってはいる。それでも、私たちの若いころの自民党に比べるとまるで別の政党のように見える。