がらがら橋日記 自転車5 丹波篠山
西国街道を二日にわたってS氏とサイクリングした後、ぼくは単独丹波篠山市に向かった。車載した自転車との初めての遠出、ちょっと一人旅の風情も追加させたかったのである。ちょうど丹波焼き陶芸まつりの最中でもあり、自転車で窯元を回ったら運命的な器と出合ったりして、などと相変わらず夢想も暴走気味だ。
夕方、薄暗くなってから篠山に入る。コロナ対策が十分できないからという理由で、かえって一人が幸いして取れた旅館だった。玄関先のソファーには大女将とおぼしき老婆が座ったまま眠っており、声をかけても反応がない。奥から出てきた若女将の応対で部屋に入り食事や入浴を済ませたが、その間、大女将は超然として午睡を続けていた。
翌朝、夜明けと同時に篠山城や武家屋敷など主な観光先の下見をランニングで済ませ、チェックアウト後自転車で回った。旅館を後にするとき、当館名物とぼくが密かに指定した大女将は、やはり定位置に座し、まなざしだけで見送ってくれた。
篠山城は、映画のロケなのか、雑兵や村女のエキストラたちがたむろしていた。警備員に止められ、入場できない、と言われた。広報など一切ないまま大書院を見学できないことに釈然とせず、そんな映画見てやるもんかと八つ当たりしたく何の映画か警備員や道行く人にも聞いてみるのだが、だれも知らなかった。
城から少し行くと武家屋敷群があって、質素な構えの茅葺き屋根が並んでいた。資料館にもなっている一軒に寄ってみると、受付の同年代の女性が、ほかにお客はいないしいつでも話しかけてくださいというふうだったので、土産に何がいいかと聞いてみた。地元の人が好むものがいい、と言うと笑みを浮かべた丸顔がすっと真剣になった。
「それなら、あくさやの栗もち、鹿生堂の栗むしようかんです。場所はね…。」
忖度など毛ほどもなく、自分の好みを真っ正直に語るところが楽しく、黒豆やら丹波焼やら篠山ゆかりの品々の話を次々と聞いた。篠山城での無念を晴らした気分だった。こういう人物に情報は集まるはずなので、試しに聞いてみると、
「ああ、キムタクと綾瀬はるかが時代劇のロケに来るってんで大変ですよ。急に予定が変更になったりしてね。」
案の定知っていた。
あくさやは、子どもの頃十円玉をにぎって買いに行ったお菓子屋さんみたいで、栗もちは今まで食べたどんな栗菓子よりも素直で贅沢なおいしさだった。