ニュース日記 808 衆院選についてもう少し

 

30代フリーター やあ、ジイさん。衆院選の報道各社の選挙情勢調査では、読売新聞が「自民の単独過半数は微妙/立民が議席増」と、予測を外したのに対し、朝日新聞は「自民が単独過半数確保の勢い/立憲はほぼ横ばい」と、外れが少なかった。ふだんの世論調査では、保守系メディアのほうがリベラル系メディアよりも高い内閣支持率になるのに、その傾向とは逆の調査結果となった。

年金生活者 内閣支持率が与党寄りのメディアだと高めになり、野党寄りのメディアは低めになる理由として、次のことが考えられる。保守系メディアから世論調査の電話を受けた有権者がリベラルな考えの持ち主だったら、そのメディアを好ましく思わず回答を拒否する可能性がある。その結果、保守的な考えの有権者の回答が多くなり、それだけ内閣支持率も高めに出る。リベラル系メディアはその逆になる。

 だとしたら、選挙情勢調査も似たような傾向になるはずだ。そうならなかったのは、以前は立憲民主党に投票していた有権者のかなりの部分が日本維新の会に投票先を替えたからだと推定される。立憲に投票していた有権者はリベラルな考えの持ち主が多いはずだから、保守的なメディアを好まず、選挙情勢調査で協力を求められても回答を拒む人もいるはずだ。そのため、小選挙区で自民に有利に作用する立憲から維新への投票先の変更が調査に反映されなかったことが考えられる。

 立憲から維新に投票先を替えた有権者の多くは、財源を度外視した与野党こぞってのバラマキ合戦に不安を覚え、バラマキに必要な財源を規制緩和による成長で確保することを訴えた維新に共感したと思われる。

30代 バラマキ、つまり再分配はいま世界の趨勢だろう。

年金 平等な社会を目指して富の再分配を極端に推し進めたソ連は再分配を仕切る党官僚という特権階級を生み、新たな格差を広げた。それだけでなく、再分配のための権力の行使が人びとから自由を奪い、社会全体を収容所にしてしまった。

 再分配が必要な社会は、格差が絶えず生まれる社会であり、平等は追っても追っても追いつかない逃げ水にたとえることができる。資本主義社会で格差が生まれるのは富の分配が競争によって行なわれるからだ。競争には必ず勝ち負けがあり、格差は不可避となる。それを縮め、解消するには再分配を休みなく続けなければならない。

 それは持たざる者の自由を拡張する代わりに、持てる者の自由を縮小する。その結果、持てる者から富の分配を得ていた人たち、たとえば企業の労働者の自由をも、回り回って制約する。つまり再分配のための自由の制約は、富める者ばかりが受けるのではない。これが極端に進んだ結果、国民のほとんどが不自由な生活を強いられたのが旧ソ連をはじめとした社会主義諸国だ。

 今度の衆院選でのバラマキ合戦に国民は再分配の暗黒面を無意識のうちに感じ取ったのではないか。

30代 衆院選の野党共闘を仲介した「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」運営委員の山口二郎が選挙での敗北を総括して次のようにツイートしている。「2015年の安保法制反対運動を起点とする市民運動と野党の協働という文脈はここでいったん終わることを認めるべき」

年金 安保法制反対運動を展開した山口らの「市民連合」は今回の衆院選に際し、「野党共通政策の提言」を行い、これに立憲、共産、社民、れいわの4野党が合意した。その中には安保法制の「違憲部分を廃止」することが盛り込まれていた。

 だが、衆院選のメインテーマは外交・安保にはなく、経済政策にあった。バラマキ度を競い合う与野党の「大きな政府」路線と、バラマキには成長が必要と訴える維新の「小さな政府」路線が、本質的な意味での対立軸を形成した。「安保」を接着剤に共闘した4野党は出発点において選挙の本筋からずれていたと言うことができる。

30代 「安保法制反対」が間違っていたとは思えない。

年金 だが、その政治的な重みは失われていた。朝日新聞の世論調査では、安保法制の成立の前後は「反対」が「賛成」を上回っていたのに、5年後の2020年の調査ではそれが逆転した。

 当時「反対」のほうが多かったのは、集団的自衛権の行使の限定的な容認で日本がアメリカの戦争に巻き込まれるのではないかという懸念を国民が抱いたからと推察される。しかし、アフガニスタン戦争での敗北であらわになったアメリカの戦争遂行能力の著しい低下を目の当たりにした国民の多くはその懸念を捨てた。アメリカは日本を巻き込むような戦争はもうできないだろう、と。

 軍拡を進める中国の武力行使を阻むにはむしろ、「安保法制」が必要と考え始めたと推察される。当初は日本を戦争に巻き込むかもしれないと懸念されていた安保法制が、逆に戦争を抑止し得ると考えられるようになったということだ。この変化の背景には、これまで何度も言ってきたように、世界の戦争の本流が破壊と流血をともなう熱い戦争、リアルな戦争から、抑止力を競い合う冷たい戦争、バーチャルな戦争に移った現実がある。