がらがら橋日記 カブ 11 オホーツク

 

 函館から道南襟裳岬を通って途中名所を訪ねながら根室に至り、網走を越えて道北宗谷岬を目指した。北海道の形は魚のエイのように見えるのだが、そのうんと突っ張った片翼の突端が宗谷岬だ。

 夏に松江のある居酒屋で飲んだとき、カウンターの隅にバイクの写真が置いてあるのに気づいた。それをきっかけにして七十がらみの主人がニヤニヤして、

「今度こいつで宗谷岬に行こうと思ってね。」

と言った。楽しみで仕方ないらしい。

「いいなあ。でも何にもないとこだけどね。」

 言ってから、しまった、と思った。つまらんよあんなところ、という意味ではない。どう取り繕うかと焦ったが、幸い、だから行くんだとでも言うように、主人は豪快に笑った。

 宗谷岬には北に向かって延々と伸びる海岸道路をただただ走る。右手には細く伸びる砂浜とオホーツクの海が、左には草原や森という光景がずっと続く。カブを何時間走らせても変わらない。たまに点在する家屋が見えたり、海岸に昆布が度肝を抜くほど大量に干してあったりしたが、すぐに元の光景に戻る。

 オホーツクの海は、黒に近い紺色で、冷たく重そうに見えた。浜頓別の近くで暖簾を出している食堂を見つけた。朝ご飯にカレーライスを注文した。客はぼく一人だった。

 白い肌着に前掛け姿のがっしりした体躯の老人がテーブルの上にカレーライスを置くと、はす向かいに自分も座って、朝早くから店を開けているのを自慢した。頭も眉も白いが声は太く力強かった。

「俺に言わせりゃ、十時開店なんてのは怠けだよ。」

 カレーは、どうと言うこともない味だったが、朝から温かい米が食べられるだけでもありがたかった。老人は、食べているぼくの脇で、その後もあれこれしゃべった。

「今度は冬に来なよ。」

 別れ際に老人はそう言って微笑んだ。ほんとうのここは冬だからな、とぼくには聞こえた。きっとそうだろう。次また来るとしたら冬のここに立ちたい、と思った。

 宗谷岬に至り、稚内を越えると、風景は反転する。右手に海、左に草原や森となる。反転したのは風景ばかりではなかった。ぼくの気分もがらっと変わった。海がオホーツクから日本海にと変わった途端、帰り道になったのだ。この海は松江の家につながっている。そう思うと、まだまだ旅は続くのだが、折り返し地点を過ぎたという気になったのだった。海もまた、色も温度も質量も変わったように見えた。