がらがら橋日記 カブ10 氷下魚
三日ばかり、途中で出会った二十歳の青年といっしょに旅をした。どちらから声をかけたのかは忘れたが、彼も小型の街乗りバイクに乗っており、それだけで互いに親近感を覚えたのだ。長野から来たという青年は、口数も少なく、年下のぼくに対してもぼそぼそと敬語を使って話した。ぼくが一人用テントの使い勝手の悪さを愚痴ったら、自分のテントで泊まりませんか、と言うので好意に甘えることにした。
道連れができたことがうれしく、気も大きくなって、出会う若者たちにいつもより声をかけた。ロードバイクで一人旅をしている大学生と話したら、チューブ三本積んで一日二百キロ走る、と言った。
「すごいなあ。上には上がいますねえ。」
長野の青年はぼくにそう言って、自転車の大学生にいっしょにテント泊しないかと誘った。大学生はその気になったが、
「でも、ぼく臭いですよ。」
と一旦は遠慮した。そんなもん関係ないと二人で言ったら、荷物を下ろしてテントに入ってきた。三人で横になった。野宿基本で風呂にも入らずひたすら漕ぎ続けているので仕方ないが、大学生は確かに臭かった。長野の青年もぼくも決して言葉には出さず、表情にも気をつけてはいたが、なるほど大学生の言うとおりだと一瞬の沈黙で了解し合った。大学生は、そのわずかな瞬間で察してしまった。
「ねっ、臭いですよね。やっぱりぼく行きます。」
そう言うと、気を遣うよりその方がいい、というようにさっさと荷物を抱えて出て行った。
翌日も長野の青年と共に走った。厚岸に近い厚床で夕方になったので国道沿いの住宅で聞いてみる。白いつなぎの作業着を着た中年の男性が出てきて、学校の校庭で張ったらいいだろう、と言った。学校はすぐ隣にあり、男性はその小学校の教頭先生だった。
校庭の隅でテントを張っていたら、さっきのつなぎにゴム長靴、野球帽という出で立ちで、教頭先生が手伝ってくれた。いくらか薪も提供してもらったので、日が暮れてからキャンプファイヤーのまね事をした。
「氷の下の魚、と書いてね、こまいって読むんですよ。ここらの特産でね。」
教頭先生が差し入れてくれた干物の魚を火で炙った。ずいぶんと硬かったがかじったりしゃぶったりしているうちにほんのりとうま味が感じられた。たいした会話もしなかったが、ちょろちょろとした炎を三人で見つめているのは楽しかった。
行きずりの旅人をもてなしてみたいものだ。あの時の教頭先生は楽しかったに違いない。