がらがら橋日記 ミシン
捨てるのをためらった物の一つが、母のミシンだった。業務用の足踏み式で、すこぶる重い。ミシンそのものが非常に重いので、それを支える脚やペダル、駆動部分はどれも頑丈な鉄製でもっと重い。そのまま運んでけがでもしたら元も子もないので、解体して処分することにした。亡くなって七年になるのに、これまで手をつけてこなかった。大変そうだから先送りしたのではあるが、それよりも気が引けたからだった。
大小さまざまなネジで組立っていたが、どれもするすると回った。小さな体を折り曲げて隅々まで念入りに油を差していた母の姿が浮かんだ。ミシンを外し、木製の台を外すと、脚とそれをつなぐペダルが所在なげに立っている。持ち上げるとどうにか動いた。一人では心許ないが妻に手伝ってもらえば運べそうだ。
学校から帰ると、母の仕事場に行き、「なんかない?」と聞くのがぼくの日課だった。おやつがある時は、どこに何があるのか口早に教えてくれるのだが、目はいつも手元に注がれたままだった。視線の先にあるのは針。手縫いだろうとミシンだろうといつだって針先を見ていた。プツッ、プツッと小さな音がして針が布地の中に滑り込み、糸をつれて飛び出していく。ぼくもそれを目で追いながら、学校であったことや読んだ本の話をした。
「おまえさんの話はおもしろい。」
時には声を上げて笑うものだから、ぼくも話すのが楽しかった。話しているぼくを見ることはついぞなかったが、それをさみしいとも思わなかった。
父は、針仕事に打ち込む母を時に疎ましく思ったようで、「こぎゃんかっこして仕事しちょう」と言って、針を一心に動かす母をまねて見せたことがあった。少し大げさに。母はいつまでもそれに腹を立てていた。それは、ぼくにとっても許しがたい行為だった。あんたが毎日酔っ払っているときにお母ちゃんはそうやって働いているのだ。
脚だけになったミシンを見て、妻が「それで机を作ってもらったら」と言った。はっとした。いいアイデアだと思った。昭和レトロでデザインされた店などでよく見かける。椅子に座って、ペダルに脚を置いてみた。高さもちょうどいい。ペダルをわずかに踏み込むと接続された輪がゆっくりと回転した。仕事に飽きたらこれ踏むのもいいか、と思った。
「やっぱりやめとく。」
「えっ、どうして。」
妻が驚いている。ぼくにもよくわからない。ちょっとだけためらった、それだけで十分な気がしたのだ。