人生の誰彼 5 ファンタジー

 コロナの感染者が多発している地域に住む孫が、先日三歳の誕生日を迎えました。三年前の生まれた当時は新型コロナのコの字もなかったので、娘は何事も無く里帰りをして自分が生まれた病院で出産をしたのです。

 大きなお腹を抱えてふぅーふぅー言っている娘を見守り、そしてその後生まれた小さな命と過ごした数ヶ月は、自分にとってとても喜ばしくて貴重な時間でした。これがもし現在の事だったらどうなっていただろうかと考えるのも怖いほどです。ただでさえ妊娠出産は難儀な事なのに、コロナ禍であればなお更であるに違いありません。

 残念ながら万一を考えて娘夫婦と孫には二年近く会っていません。とはいえ秋の七五三のお参りの頃には大丈夫だろうと思っていましたが、まだまだ見通しは定かではありません。それでも混沌の中ようやく国内でのワクチン接種も進み、多数の人が接種をすれば集団免疫がついて流行も落ち着くなどと楽観的な見方もありますが、やってみなけりゃどうなるかわからないというのが本当のところのようです。事実接種率の高いある国で、一時的に感染者数が減ったものの変異ウイルスによって再び増加したとの報もあります。テレビのニュースで高齢者の方が接種を終えて、これで一安心ですと安堵の表情をされるのを見ますが、そんなに簡単に安心してもよいのでしょうか。

 いい例が毎年のインフルエンザの流行です。例年多くの方が予防接種をしているのにも係わらず感染が多発して大流行を繰り返しています。集団免疫とやらは機能しているのでしょうか。そのインフルエンザが昨冬は影を潜めました。コロナに対する感染対策がインフルエンザにも功を奏したのでしょうが、そもそもの要因は世界的な人の流れが減ったことだといわれています。

 今後多くの人がワクチン接種を受けて安心して県を跨いで国を越えて動き回れば、変異株の発生と冬のインフルエンザの流行で、国内が文字どおり猖獗を極める状態に陥るのではないかと危惧しています。最後の砦である筈のワクチン接種が、逆に大混乱を招く結果になるかもしれないのです。

 この想像が暇な妄想ジジイよるファンタジーで終わることを願っています。それでは、無事オリンピックが開催されますように。