専業ババ奮闘記その2 ババルウ星人③

 コロナ感染がじわじわと広がり、志村けんさんが亡くなったというニュースには衝撃を受けた。これを機に、新型コロナウイルスの恐ろしさが多くの人の胸の裡でぐっと増した。

 長男は、神戸から、同じく感染者の多い神奈川県に転勤となる。ただ救いは、神奈川といっても静岡に近い小田原で、感染者の多い都市部から大分離れていることだ。一軒家で、窓からは富士山が見えるとのこと。長男に会いに行きがてら、あちこち見て回ることも楽しみで、富士山と言えばなおさらだ。でも、このコロナ禍だ。収束するまでは、長男に会いに行くことも、富士山を拝むこともできない。

 二男は、年度末から新しい職場に移り、毎日帰ってきてはため息をついている。市内で二番目に古い建物の上、職場の体制が独特で、なかなか馴染めないのだという。これまで居たセンターが半端でない暑さで、夏が来る度に辞めたい病が起き、やっと新しい施設で働けると気持ちを立て直していたのに、病がまた頭を持ち上げてきたようだ。

 そんなこんなで新年度が始まり、我が島根にもコロナが入ってきた。しばらくすると、クラスターも発生し、コロナの恐怖がより身近になってきた頃、「保育所は休まずやるらしいけど、自粛する人たちが出てきてね。うちもどうしようかなと思って」と娘から相談を受けた。「あんたたちが決めたように、こちらは対応するよ」と答えた翌日、「忠ちゃんと話して、保育所は休ませることにしたけん、協力してもらえる」という電話が入った。義母が家に居る時は家から離れられないので、娘が三人連れて我が家に来て、デイサービスに行く日には、私が玉湯に子守に行くことに。

 宗矢の首が座り出し、少し楽になるかと思いきや、お母ちゃんでないとだめになってしまった。実歩もそうだった。お食い初めで忠ちゃんの両親も交えて食事会をした時、顔を見ると泣くので、皆が実歩に顔を向けないように抱っこして回したっけ。しばらくは、宗矢の子守に骨を折ることになる。そして、ウルトラマンに傾倒している寛大はと言えば、必ず私に戦いごっこをせがんで来るのだった。