人生の誰彼 4 逃げるが勝ち

 勤務先で20年近くに渡り、私は毎年4月1日に入社する高卒の新人社員たちのお世話係りを続けてきました。

 今日から社会人なぞと大層なことをいってもほんの少し前までは高校生、会社の中では迷える子羊ちゃんみたいなものです。年を重ねるにつれ、この掴みどころの無い、打っても響かぬ新人君たちとどう接したらよいのか解らなくなってきていました。こっちが解らなければ向こうも解らないに違いありません。次第に若い人たちを相手に尤もらしいことを喋るのに違和感(というか苦痛)を覚えるようになり、私自身も定年を迎えるし、昨年の四月を最後に新人社員の研修担当は辞退したいと上には申し出ておきました。

 ですが油断は禁物。ルーティンを変えようとしない会社の体質上『今年もとりあえず新人研修は今岡に任せよう』などということにもなりかねません。そこで私は先手を打つことにしました。4月1日に有給休暇を取ってしまえばよいのです。新人教育は一日では終りませんが、出鼻をくじけばこちらのものです。案の定、話の流れがこっちにきそうになったので『一日は用事があって休みますので・・・じゃあ後はお願いします』でお仕舞いです。こういう姑息な手段はとりたくなかったのですが、知らぬ顔で逃げるが勝ちです。

 思い起こせば42年前の春、私は迷っていることにさえ気付いていない哀れな子羊でした。当時会社の新人研修担当だった方は優しくて面倒見の良い人でしたが、今はもうこの世の住人ではありません。私はその人のご指名により後を継いだのですが、口下手で社交性ゼロ以下の自分が何故選ばれたのかは謎のままです。頼まれたら嫌とはいえない性格を見透かされていたのでしょうか。他に適任者がいたであろうにと今更いっても詮無いことですが。

 さて、件の4月1日は、風は少々強いものの晴れ間が広がる穏やかな天候でした。妻が仕事に出掛けた後、洗濯をして、暖房器具を片付けて、掃除をして、暖かくなってまたぞろ目立つようになった庭の草取りをして、買物に行って、夕食のカレーを作りました。

 こんなに自由気ままな4月1日を迎える事ができるなんて夢のような思いでした。いっそのこと退職してしまいたいとつくづく感じた一日でした。