がらがら橋日記 退職記念品
額が前に張り出しているのが己が顔の特徴の一つなのだが、今こそ何も思わないものの、子どもの頃から思春期にかけてずいぶん長期にわたって気にした。小学生の頃は、誰も彼も容姿の特徴を指摘するのに容赦はないので、でこだの何だの毎日のように言われた。まあ、こちらも言うのではあるが。
そのうちテレビアニメで赤塚不二夫の『もーれつア太郎』が始まると、主要キャラクターに「でこっぱち」なる子どもが登場し、異様に突き出た額を惜しみなく晒したので、途端に「でこっぱち」がぼくの代名詞になり、散々に言われた。
今の学校だと、訴えがあればそのような言動は「いじめ」とされ、被害加害を検証して、念入りに指導する。教育委員会に報告書も挙げる。当時、同様に扱ってもらえればこちらは溜飲を下げたかも知れないが、その代わり、仕返しに浴びせた暴言や「どうせ、でこっぱちだ」と打って出た頭突きも問題視されたと思う。まあ昭和の子どもたちは、訴え出ることなど思いつきはしなかったのだが。
ただ、いくらはじき返しても内面化はしていくもので、思春期になると誰もからかわなくても、膨らんだ自意識があれこれ考えさせ、隠そうと努めるようになった。同時にそういう自分に腹立たしさも感じていたので、あるとき行きつけの散髪屋で「お任せします」とそれまでつけていた注文をいっさい言わなかった。散髪屋のオヤジさんは、全てお見通しだった。ぼくの前髪をバッサリ落とすと額をすっかり露わにして、「こっちの方がいいよ。」と言った。すぐにはそれに同意できず、翌日の友人たちの反応にも動揺しきりだったが、しばらくするとどうでもよくなってきた。オヤジさんがぼくを解放してくれたことを知った。自分に似合っているかどうかなんて悩むくらいなら、人に任せてしまえばいい。
「退職記念に何がいいか考えてください。予算は…」
職員に言われて、何がいいだろうかと考えた。何でもいい、というのも職員には苦痛だろうし、ギフトカードだと簡単だが、渡す方もおもしろくないだろう。自分で選んで買ってもらう形にすることもできるのだけど、思いの感じられないただの物になってしまうようで味気ない。
ふと思いついたのが、自転車のヘルメット。必需品と言われながら、そこまで必要かとためらっていたのと、デザインが気恥ずかしく踏み切れないでいた。ここは、職員に見立ててもらって、どんな一品が届こうが大切に使おうと決めた。久しぶりに散髪屋のオヤジさんのことを思い出した。