ニュース日記 773 トランプの残像が消えない

30代フリーター やあ、ジイさん。選挙不正を理由にクーデターを起こしたミャンマーの国軍に世界中から非難が集まっている。

年金生活者 米大統領選で不正があったとして連邦議会になだれ込んだトランプ支持者らのもくろみをなぞったような一面がこのクーデターにはある。連邦議会占拠事件を「米国大統領によって引き起こされたクーデター未遂だ」と指摘する歴史家もいた。選挙結果をくつがえすことができず「未遂」に終わったこの「クーデター」を、ミャンマー軍は「既遂」に転化してみせたかのようだ。

 いつかは起きるクーデターだったかもしれないが、トランプやその支持者らの振る舞いがミャンマーの国軍をあと押ししたことは十分に推測できる。このことはいま世界の民主主義に吹きつける逆風の強さを物語っている。

30代 独裁制から民主制に変わった韓国や台湾がこれまであと戻りすることなく進んできたのに、民政移管から10年たつミャンマーはなぜ民主化に逆行する危機に見舞われたのか。

年金 数ある要因のひとつとして考えられるのは、アウンサンスーチーと与党NLDに対する国民の支持が数の上では圧倒的な広がりを持つものの、強さは必ずしも盤石ではなかったのではないかということだ。ミンゾーウーというミャンマーの政治評論家は、国民の中にスーチー政権への不満がくすぶっているとして、その要因を次のように指摘していた。

「政府と国軍の関係がうまくいっていない。国内の少数民族和平問題でも、軍事政権下につくられた憲法の改正問題でも、NLDは国軍の協力なしに進められない。だが、両者は距離を縮めずにお互いが言いたいことを言い合って解決は遠のいている。」(The Asahi Shimbun GLOBE+ 2020年10月30日)

 交渉ができないのは、スーチーに「正しいのは常に自分だ」と考えるエリートゆえの「唯我独尊」があるからではないかと思わせる指摘だ。そうだとしたら、トランプが批判したワシントンのエスタブリッシュメントと似ていると言わなければならない。それが国民の堅固な支持を集められない要因となり、国軍はそのすきを突いたという推測が成り立つ。トランプが民主党のエリートたちの政治から取り残された国民に不満が広がっているのを察知し、そのすきを突いて大統領の座を奪取したように。

30代 「分断」は世界に広がり、スーチーと国軍の間でも深まっていた。

年金 現在のイデオロギー上の対立は、主張の違いを超えて、次元の違いに行き着いた。次元が違うから、事実もひとつではなく、それぞれの次元にそれぞれの事実が存在する。トランプ政権は「もうひとつの事実」を言い立てた。だから、「対立」ではなく「分断」という言葉が使われる。

 東西冷戦下のイデオロギー上の対立は同一次元での対立だった。両陣営が目指したのはともに工業化による経済成長だった。その競い合いの過程で、西側は東側の「平等」の理念を取り入れて福祉国家を目指し、東側は西側の「自由」を取り入れて経済の活性化をはかった。

 経済成長が工業化による段階から、ソフト化による段階に移行し始めたとき、「自由」の欠如は足かせとなり、東側は敗北した。冷戦の終結は米ソによる世界支配の解体を意味し、両超大国によるイデオロギーの統制の解除でもあった。

 それが現在のイデオロギー対立をアナーキーなものにした。同一次元で争うのではなく、それぞれが異なる次元に陣取って、異なる事実をもとに罵り合うようになった。それぞれの主張は冷戦時の東西の主張のような世界的な普遍性を持ち得なくなった。それが「陰謀論」を勢いづかせた。

30代 「分断」の克服を訴えて大統領になったバイデンにも決め手があるわけではない。

年金 バイデンは大統領就任演説で「私たちの民主主義を守る」と語った。そのために真っ先に実行に移したのは、民主主義をかたくなに拒む中国に対抗することだ。 

 彼はこの演説で「民主主義において何より得がたいもの、つまり結束が必要なのです」と訴えた。民主主義の掲げる「平等」を実現するには、全員が同じであると認めること、つまり皆がひとつになること、「結束」することが不可欠となる。それを手っ取り早く実現できるのが、自分たち以外の何者かへの対抗だ。 

 革命後のフランスは、干渉戦争を仕掛けた周辺諸国に対抗する「革命戦争」によって「結束」を固めた。フランスの「平等」はそうした「排外主義」によって確立された。エマニュエル・トッドはアメリカにおける民主主義の「排外性」を次のように語っている。「『米国の民主制』は、その始めから『人種感情』と結びついた『人種主義的民主制』でした。『黒人』や『先住民』の存在が、『(黒人や先住民ではない)白人の間での平等』を実現させてきたのです」(「それでも私はトランプ再選を望む」、『文藝春秋』2020年11月号) 

 「人種主義的民主制」が許されない現在、バイデンは「排外」の対象を他に求めるほかない。そして「分断」から「結束」に向かうにはなおさらトランプ政権に劣らぬ中国への強硬姿勢が必要となる。